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TORENDIA

山崎合戦

本文約7,300字 ・ 読了時間 約15分

あらすじ(AIが作成しました)

明智光秀は、信長への私憤を晴らし天下の大志を抱き、本能寺で主君を討つ。その後、畿内の経営を図り、毛利と連携して秀吉を挟撃する戦略を練る。しかし、中国から驚異的な早さで進軍してきた秀吉軍との山崎の戦いに臨む。天王山の奪取により窮地に追い込まれ、頼みの綱であった筒井順慶の加勢も得られず、光秀軍は崩壊する。己の野望と主殺しという逆賊の狭間で揺れ動いた武将の、わずか十一日間の天下と最後の姿を描く。

菊池寛

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明智光秀は、信長の将校中、第一のインテリだった。学問もあり、武道も心得ている。戦術も上手だし、築城術にも通じている。そして、武将としての品位と体面とを保つ事を心がけている。

それだけに、勿体ぶったもっともらしい顔をして居り、偽善家らしくも見えたのであろう。リアリストで、率直を愛する信長は光秀がすまし過ぎているので、「おい! すますない!」と云って時々は肩の一つもつつきたくなるような男であったのであろう。

神経質で陰気で、条理も心得て居り、信長のやり方を腹の中では、充分批判しながら、しかしすまして、勿体ぶった顔をしている光秀は、信長には何となく、気になる、虫の好かない所があったのだろう。

と、云ってガッチリしているのだから、役には立つし、軍役や雑役に使ってソツがないので、だんだん重用しながらも、信長としては、ときどきそのアラを探して、やっつけて見たくなるような男であったに違いない。

信長は、人を褒賞したり抜擢したりする点で、決して物吝しみする男ではないが、しかしそのあまりに率直な自信のある行動が自分の知らぬ裡に、人の恨みを買うように出来ている。浅井長政なと、可なり優遇して娘婿にしたのにも拘わらず、朝倉征伐に行ったときその背後で背かれた。例の金ヶ崎の退陣で、さんざんな目に会った。

「浅井が不足を感ずるわけはないが」

と云って、信長は浅井の反逆の報を容易に信じなかった。しかし、自分が恨まれないつもりで、恨まれている所に、信長の性格的欠陥があったのであろう。

荒木村重なども、やはりそうである。村重と始めて会った時、壮士なら之を喰らえと云って、剣尖に餅か何かをさして、之をさしつけた。村重平然として、口ずから喰ったと云うが、後で考えればひどい事をする奴だと思ったに違いない。村重なども、相当重用しながら背かれている。松永久秀などもそうである。

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