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TORENDIA

坪田譲治の味

本文約5,100字 ・ 読了時間 約11分

あらすじ(AIが作成しました)

大正末期から三十余年にわたる尾崎士郎と坪田譲治の交遊を綴る。文学への情熱を秘めながらも、文壇の中で飾らない質実な姿勢を貫いた坪田の人物像と、周囲の友人がその才能を世に送り出そうとした経緯を描く。自身の善意と深い愛情を独自の文学世界に昇華させる坪田の人間的な魅力や、その生活態度に接した際の記憶を通じ、妥協なき作家としての高潔な精神を回想する。

尾崎士郎

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🎧 坪田譲治の味 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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私の文壇生活をとおして、交遊関係の、もっとも古いのは坪田君であるかも知れぬ。大正十一年か、十二年か、――数えて、そろそろ四十年になる筈だ。今まで、そんなことを考えてみたこともなかったが、うかうかと時が過ぎてしまったらしい。人生五十という標準年齢を対象的に考えると、私たちはもう人生の外へ一歩踏みだしたかんじでもある。文壇生活四十年なぞというのは、自慢にならぬどころか、自ら、無為、無能、卑怯未練、不才、臆病、停滞、逡巡、――つまり、凡夫のあさましさを語るに落つるものでもあろうか。

こんな物のいい方は尠からずキザッぽくもあるが、とにかく、私と坪田君とは年齢において十年の開きがあるとはいえ、大正大震災の前後頃から、三十余年の交遊を重ねているということは、仮りに僕等が小説家ではなく、坪田君が市井の下駄屋の主人、僕が居酒屋の親爺であったとしたところで、終始一貫、太平の逸民として過したわれ等の青春は愉しきかぎりであった。

坪田君が、二年前、私のことを回想して書いた文章の中に次のごとき一節がある。「(前略)尾崎士郎氏を知ったのは大正十三年のことである。私が三十四で彼が二十六であった。その頃、誰かが私に伝えたことがある。『尾崎がまるで君を親戚みたいにいっていたぞ』これを聞くと田舎者の私は郷里の親類づき合いのことを考え、お彼岸には草もちや、おはぎを重箱に入れて尾崎家へ持ってゆこうと思った。その思いが、そのとき私を大へん楽しくさせた。然し、その後、一度もそんなものを持っていったことはない。私たちの交りは淡として水のごとし。君子の交りである」

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