警察を凹ませた話
本文約1,000字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
銭湯帰りの立小便にまつわる日本の小咄や、執念深い男の仇討ちの話を題材に、日本人の性格を考察する。また、アメリカで自動車の登録違反を指摘された男が、警察の車両も同様の違反を犯していることを突き止め、警察の不備を明るみに出した出来事を紹介する。これらを通して、日本とアメリカの事例における対人関係や規則に対する姿勢の差異を論じる随筆である。
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明治の日本の小咄に、こんなのがある。
錢湯から出て來た男が、月を仰ぎながらいい氣持で立小便をしていた。そこをお巡さんに見つかって「おい、こら、何をしてるか」と咎められた。その男は慌てて「へい、手拭をしぼっていました」といった。そしたらそのお巡りさんが「なるべく家へ歸ってからしぼった方がいいな」といった、というのである。
それと反對の話もある。これは或る執念深い男の逸話として傳えられているのであるが、その男が若い頃、立小便をしているところを、巡査に見つかってしまった。いくらあやまっても勘辨してもらえず、到頭バッキンをとられた。その男がひどくくやしがって、その後何ヵ月となく、その巡査のあとをつけて、或る晩、立小便をしているところをつかまえて仇をとったというのである。
この二つの話は、日本人の性格の二つの面を示すように思われるので、一寸面白い話である。ところが、これに類縁の話が、最近アメリカにもあった。形は一寸あとの場合に似ているが、話の性格が少しちがっているところが面白いので、紹介することにする。
何でも中部の或る町の話である。アメリカでは自動車に二つの登録が必要で、一つは州の登録番號、今一つは自分の住んでいる町なり市なりの登録である。州の方は日本のナンバー・プレートと同じもので、これがないと自動車を走らせられないので、買った即日、この登録をして、番號札をもらう。この方はやかましいので違反は滅多にない。
ところが町の方の登録は、それほどやかましくない。札も小さいラヴェルをくれるだけで、これはフロントの硝子の隅に貼っておくことになっている。それでつい役場に行くのを面倒臭がって、登録をおくらせる連中がちょいちょいある。
しかし、違反は違反なので、この中部の町で、登録札を貼っていないというので、つかまった男があった。その男がくやしがって、警察の近くの自動車置場へ行って、調べてみたら、そこだけでも十臺、この登録札の貼ってない車があった。それで早速、その車のプレート・ナンバーを書いて本署へ手紙を出した。