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TORENDIA

寺田先生の追憶

本文約13,100字 ・ 読了時間 約27分

あらすじ(AIが作成しました)

中谷宇吉郎が、物理学者・寺田寅彦との交流と師から受けた学風や精神的な感化を綴る。関東大震災を経て研究生活を迷っていた著者は、友人の勧めもあり寺田の研究室で指導を受けることを決意する。実験を通じて科学への深い畏敬や物理の面白さを教わった著者は、その後独立して研究に励む中で、師の教えが自身の人生の岐路や日々の研究姿勢に多大な影響を与え続けていることを振り返り、師への深い追憶と敬慕の念を記す。

中谷宇吉郎

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わが師、わが友として、最も影響を受けた人たちと言えば、物心がついてから今日まで、私が個人的に接触したすべての人が、師であり友であった。

どういう人でも、よく見れば必ず長所があるので、その点を表立てて見ることにすれば、自分の接触する人は誰でも師であり、友であると、この頃私はかなり自然にそういう気持になっている。こういう心の持ち方は、明かに寺田寅彦先生の感化を少し変形してではあるが受けたものと、自分では思っている。

先生はどんな人でも憎んだり、避けたりされるようなことはなかった。沢山の学生の中には、随分気障な男や、内攻的な打算家などもあって、私たち仲間ではいやな奴となっていた男でも、先生はよく親身になって面倒を見ておられた。もっとも時々癇癪を起されることもあったが、その後ではいつも「今の若い連中には、無限に気を長く持たなければならないようだ。それぞれ長所はあるんだが」と言っておられた。

そういう気持の先生でも、やはり憎悪に近い感情を持たれた一種の人たちがあった。それは、道徳とか愛国とかいう最も神聖なことを売り物にして、それで生活の資を得ている人たちに対してであった。その頃物理の畏敬すべき先輩が恋愛事件で失脚されたことがあった。その事件をいつまでも如何にも楽しそうに蒸し返し繰り返して非難することによって、自己の道徳が堅固であることを誇示するつもりになっていた先生方が、大学の中にもあったそうである。それからこれも末期の現象の一つであったのであろうが、東京の下町などには、女髪結のような職業の人たちにいやがらせをやって生活していた自称愛国団体の下っ端の連中があった。こういう人たちの話が稀に出ることがあると、先生は妙に興奮気味の口調で「僕はああいう人たちには、どうにも我慢が出来ない」と言われた。そして「寺田君の説によると、泥棒をする男は皆善人なのだそうだ」という風に意地の悪い人たちから言われても、平気な顔をしておられた。これは推測であるが、そういう風に言われると、かえって内心少し御得意のようでもあった。

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