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TORENDIA

『鉄砲左平次』序にも一つ

本文約3,700字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

魔物が住むと噂される峠で次々と不可解な死を遂げる男たちが現れる。鉄砲の名人である老人は、自らその場所へ赴き異様な笑い声を聴いて生還するが、後に温泉で負傷した坊主と名乗る者と遭遇し恐怖に倒れる。また、諏訪の紡績工場で事務員をする男が、便所で排泄した際に見慣れぬ女の髷を目撃し、背後から何者かに触れられるという体験をする。これら二つの対照的な怪異と現実の物語を、著者は一つの随筆として収める。

佐藤春夫

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🎧 『鉄砲左平次』序にも一つ / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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何の国、何郡なり。

古来、魔所と伝える峠、或る晩そこで一人の若者が八ツ裂きにされて了った。峠を越えて夜毎隣村の娘に通うていた男である。

殺された男の友達思うに、今時魔物など住んでいる筈もない。これは言い伝えのある場所をよい事に、わざとかかる酷たらしき殺し方をして恋の意趣を晴らすものであろう。

女敵らしい者を物色し、復讐を企て夜陰にその峠を数人にて越える折から、先頭の一人がまたしても咄嵯の間にその場に倒れ、浮き足立った連中は見極める隙もなく逃げ帰り、再び勇気をふるって戻って見ると、矢張り物凄まじい有様で死んで了っている。

再度の事に、怖れは絶頂に達して、今さらに古来の伝えを思い出すのであったが、中でも智慧のあるのは矢張り魔者なぞは信じられないので、天狗などというものはない筈だから、多分鷲かなんかでもあの大木に来て止るのであろうなどと取沙汰をしていた。

これを聴いたのが鉄砲左平次という老人です。鉄砲の名人で、倅から仔細の話を聞くと、みんなの止めるのもかまわず、月の明るくなる晩を待ち兼ねて出かけたのです。

充分自信のあるらしい左平次は、何人も後に従う事を宥さぬので、それでも五六人の連中はついて行くつもりでいたが、矢張りその場所までは出かける勇気がなかったらしいのです。

いくら待っていても左平次は帰って来ませんから、みんなは八ツ裂になっている左平次を予想しながら出かけて見ると、左平次は果してそこに倒れていましたが、幸いにも負傷一つしていないのです。

色々世話をして息を吹き返した左平次の言う所では、前夜、左平次は大木の根元へ来て待ち伏せていると、月明りの中に、大木の数々の枝に遮ぎられて何者とも分らぬものが、梢から段々下へ降りて来る気配を感じ息を殺して待っていると、或る所まで来て動かなくなって了った。

枝々の隙間から覘を定めて一発放すと、思いがけない程の凄まじい手答えがあって、そのため左平次はどしんと尻餅をつき地面へ倒れたかと思うと、落ちて来たのは何者でもなくただ笑い声であった。

左平次はそれを聴きながら恐怖の余り気が遠くなり、人々に見つけ出されるまでは死んだも同然であったという。

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