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「わたしなんか、麻酔剤をかけなければならぬような手術をうけるとしたら、知らないドクトルの手にはかかりたくありませんね」

と美くしいマダム・シャリニがいいだした。

「そんなときは、やっぱり恋人の手で麻酔らせて貰わなければね」

老ドクトルは、自分の職業のことが話題にのぼったので、遠慮して黙りこんでいたが、そのとき初めて首をふって、

「それは大変な考え違いですよ、マダム。そんなときは、滅多に恋人なんかの手にかかるもんじゃありません」

「何故ですの? 恋しい人が傍についていてくれたら、どんなに心強いかしれませんわ。そうした生命にもかかろうというときは、思念をすっかりその人の上に集めますと、精神の脱漏を防ぐことが出来ますからね。恋人の眼でじっと見つめられながら麻酔に陥ちてゆくなんて、どんなにいい気持でしょう。それから、意識にかえるときの嬉しい心持を思っても御覧なさい。『覚醒』の嬉しさをね……」

「ところが麻酔の醒め際なんか、そんな詩的なものじゃありません」ドクトルは笑いながら、「麻酔からの醒め際は厭な気持のするもので、そのときの患者の顔といったら、見られたもんじゃありません。どんな美人だって恋人から愛想をつかされるにきまっています」

といったが、暫く押黙ったあとでつけ加えた。

「そればかりでなく、迂闊に恋人なんかの手にかかると、頗る危険なのは、覚醒しないでそれっきりになることがあります」

これには皆が反対説を唱えだしたので、ドクトルも後へ退けなくなってしまった。

「そんなら、私の説を証拠立てるために、皆さんにごく旧いお話を一つお聴きに入れよう。実は、私がその悲劇の主人公なんですがね、今はお話したって誰に迷惑のかかる気づかいもありません。というのは、関係者がみな死んでしもうて、生き残っているのは私独りなのです。但し関係者の姓名は秘しておきますから、皆さんが墓場をお探しになっても無駄ですよ。

私は今は七十の声がかかって、御覧のとおりの老ぼれなんだが、その時分は二十四になったばかりで、若い盛りでした。

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