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TORENDIA

私の父が狸と格闘をした話

本文約4,800字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

紀州新宮に住む医師の父は、当時珍しい自転車を愛用していた。ある日、父が夜中に自転車を壊したまま帰宅した直後、学校で父が坂道で狸と格闘し負傷したという奇妙な噂が広まる。周囲の子供たちは目撃談を主張するが、父は眠っていただけで何も知らなかった。父本人ですら関与していないこの不思議な噂話が、町でどのように語られ、語り手がどのような心境でその噂と向き合ったのかを描く。

佐藤春夫

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🎧 私の父が狸と格闘をした話 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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これは本当の話なのだが、あまり奇体な話なので、人が本当にしてくれるか知ら。何にせよ、本当の話なのだ。これが本当の話だということは私の故郷(紀州新宮)の人たちがよく知っている。

それは、私が十ぐらいのころのことだから、今から二十年も昔のことである。――その頃では未だ、今では人が見向きもしない自転車というものが、今の自動車ぐらいに珍重されていた。殊に大都会からかけ離れている私の故郷の地方などでは、余程めずらしいものの一つであった。皆は二輪車と言っていた。その自転車へ、その地方で一番早く乗った人は私の父であった。一たいが私の父という人は趣味の多い人で、面白いものや、美しいものや、珍らしいものや、古風なものや、或は極く新奇なものなどの好きな人で――この気質は私にも伝っているが――それ故、未だ誰も乗っていない自転車へ乗るのが面白かったのだろうと思う。それにただうれしく面白いというばかりではなく、実際の用事もないのではなかった。私の父は医者なのだが、山坂が多くって便利な交通の機関のない私の故郷などでは、医者のような遠くへ早く行く必要の多い人にとっては、自転車は重宝なものであったのに相違ない。それで、私の父はうちに人力車もあったけれども、天気のいい日や非常にいそぐ時などにはよく自転車へ乗った。

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