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TORENDIA

葱

本文約8,100字 ・ 読了時間 約17分

あらすじ(AIが作成しました)

神田神保町のカッフェで働く女給仕のお君は、厳しい実生活の苦労を忘れるため、芸術的感激に耽る生活を送っている。ある夜、芸術家を自称する田中と親密な時間を過ごしていたお君は、八百屋に並ぶ葱の値段を目にした瞬間、現実の生活苦に引き戻される。夢見心地な恋愛の情景と、生活の厳しさを突きつける葱という対照的な存在を通じて、貧しくも懸命に生きる女性の日常を描く物語。

芥川龍之介

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おれは締切日を明日に控えた今夜、一気呵成にこの小説を書こうと思う。いや、書こうと思うのではない。書かなければならなくなってしまったのである。では何を書くかと云うと、――それは次の本文を読んで頂くよりほかに仕方はない。

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神田神保町辺のあるカッフェに、お君さんと云う女給仕がいる。年は十五とか十六とか云うが、見た所はもっと大人らしい。何しろ色が白くって、眼が涼しいから、鼻の先が少し上を向いていても、とにかく一通りの美人である。それが髪をまん中から割って、忘れな草の簪をさして、白いエプロンをかけて、自働ピアノの前に立っている所は、とんと竹久夢二君の画中の人物が抜け出したようだ。――とか何とか云う理由から、このカッフェの定連の間には、夙に通俗小説と云う渾名が出来ているらしい。もっとも渾名にはまだいろいろある。簪の花が花だから、わすれな草。活動写真に出る亜米利加の女優に似ているから、ミス・メリイ・ピックフォオド。このカッフェに欠くべからざるものだから、角砂糖。ETC. ETC.

この店にはお君さんのほかにも、もう一人年上の女給仕がある。これはお松さんと云って、器量は到底お君さんの敵ではない。まず白麺麭と黒麺麭ほどの相違がある。だから一つカッフェに勤めていても、お君さんとお松さんとでは、祝儀の収入が非常に違う。お松さんは勿論、この収入の差に平かなるを得ない。その不平が高じた所から、邪推もこの頃廻すようになっている。

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