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TORENDIA

開化の殺人

本文約8,400字 ・ 読了時間 約17分

あらすじ(AIが作成しました)

内科医である北畠義一郎が残した遺書が、本多子爵を通じて語られる。かつて従妹の明子に抱いた秘かな思慕、そして不義無道な銀行頭取・満村恭平への憎悪から、北畠は満村の殺害を実行する。その後、明子と結ばれた本多子爵に対しても昏い殺意を抱き、長年の苦悶に苛まれる。北畠は己の道徳的憤激と利己的な殺意との間で引き裂かれ、自らの人格を守るために自裁を決意し、最後の告白として自身の半生と犯行の真相を綴る。

芥川龍之介

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下に掲げるのは、最近予が本多子爵(仮名)から借覧する事を得た、故ドクトル・北畠義一郎(仮名)の遺書である。北畠ドクトルは、よし実名を明にした所で、もう今は知つてゐる人もあるまい。予自身も、本多子爵に親炙して、明治初期の逸事瑣談を聞かせて貰ふやうになつてから、初めてこのドクトルの名を耳にする機会を得た。彼の人物性行は、下の遺書によつても幾分の説明を得るに相違ないが、猶二三、予が仄聞した事実をつけ加へて置けば、ドクトルは当時内科の専門医として有名だつたと共に、演劇改良に関しても或急進的意見を持つてゐた、一種の劇通だつたと云ふ。現に後者に関しては、ドクトル自身の手になつた戯曲さへあつて、それはヴオルテエルの Candide の一部を、徳川時代の出来事として脚色した、二幕物の喜劇だつたさうである。

北庭筑波が撮影した写真を見ると、北畠ドクトルは英吉利風の頬髯を蓄へた、容貌魁偉な紳士である。本多子爵によれば、体格も西洋人を凌ぐばかりで、少年時代から何をするのでも、精力抜群を以て知られてゐたと云ふ。さう云へば遺書の文字さへ、鄭板橋風の奔放な字で、その淋漓たる墨痕の中にも、彼の風貌が看取されない事もない。

勿論予はこの遺書を公にするに当つて、幾多の改竄を施した。譬へば当時まだ授爵の制がなかつたにも関らず、後年の称に従つて本多子爵及夫人等の名を用ひた如きものである。唯、その文章の調子に至つては、殆原文の調子をそつくりその儘、ひき写したと云つても差支へない。

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本多子爵閣下、並に夫人、

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