地獄變
本文約26,600字 ・ 読了時間 約54分
あらすじ(AIが作成しました)
堀川の大殿様は、その並外れた権威と気量で洛中の人々から尊崇を集めていた。ある時、高名な絵師である良秀に、地獄変の屏風を描くよう命じる。娘を人質に取られたような過酷な状況下で、絵師としての執念を燃やし、極限の光景を筆に収めようと挑む芸術家と、それを冷徹に見守る権力者の対峙を描く。比類なき芸術を完成させるために、人間として払うべき代償と、その先に現れる凄絶な地獄の光景を映し出す。
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一
堀川の大殿樣のやうな方は、これまでは固より、後の世には恐らく二人とはいらつしやいますまい。噂に聞きますと、あの方の御誕生になる前には、大威徳明王の御姿が御母君の夢枕にお立ちになつたとか申す事でございますが、兎に角御生れつきから、並々の人間とは御違ひになつてゐたやうでございます。でございますから、あの方の爲さいました事には、一つとして私どもの意表に出てゐないものはございません。早い話が堀川のお邸の御規模を拜見致しましても、壯大と申しませうか、豪放と申しませうか、到底私どもの凡慮には及ばない、思ひ切つた所があるやうでございます。中にはまた、そこを色々とあげつらつて大殿樣の御性行を始皇帝や煬帝に比べるものもございますが、それは諺に云ふ群盲の象を撫でるやうなものでもございませうか。あの方の御思召は、決してそのやうに御自分ばかり、榮耀榮華をなさらうと申すのではございません。それよりはもつと下々の事まで御考へになる、云はば天下と共に樂しむとでも申しさうな、大腹中の御器量がございました。
それでございますから、二條大宮の百鬼夜行に御遇ひになつても、格別御障りがなかつたのでございませう。又陸奧の鹽竈の景色を寫したので名高いあの東三條の河原院に、夜な/\現はれると云ふ噂のあつた融の左大臣の靈でさへ、大殿樣のお叱りを受けては、姿を消したのに相違ございますまい。かやうな御威光でございますから、その頃洛中の老若男女が、大殿樣と申しますと、まるで權者の再來のやうに尊み合ひましたも、決して無理ではございません。何時ぞや、内の梅花の宴からの御歸りに御車の牛が放れて、折から通りかゝつた老人に怪我をさせました時でさへ、その老人は手を合せて、大殿樣の牛にかけられた事を難有がつたと申す事でございます。