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TORENDIA

海のほとり

本文約6,000字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

大学を卒業したばかりの二人の青年が、夏終わりの海辺で過ごす日々を描く。彼らは離れで創作に励みつつ、雑誌の原稿や将来の職について思索する。散歩や水泳を通じ、土地の人々との交流や夢の記憶が彼らの心に去来する。季節が移ろい、海辺の静けさが増す中で、都会への帰還が静かに意識される。

芥川龍之介

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🎧 海のほとり / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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一

……雨はまだ降りつづけていた。僕等は午飯をすませた後、敷島を何本も灰にしながら、東京の友だちの噂などした。

僕等のいるのは何もない庭へ葭簾の日除けを差しかけた六畳二間の離れだった。庭には何もないと言っても、この海辺に多い弘法麦だけは疎らに砂の上に穂を垂れていた。その穂は僕等の来た時にはまだすっかり出揃わなかった。出ているのもたいていはまっ青だった。が、今はいつのまにかどの穂も同じように狐色に変り、穂先ごとに滴をやどしていた。

「さあ、仕事でもするかな。」

Mは長ながと寝ころんだまま、糊の強い宿の湯帷子の袖に近眼鏡の玉を拭っていた。仕事と言うのは僕等の雑誌へ毎月何か書かなければならぬ、その創作のことを指すのだった。

Mの次の間へ引きとった後、僕は座蒲団を枕にしながら、里見八犬伝を読みはじめた。きのう僕の読みかけたのは信乃、現八、小文吾などの荘助を救いに出かけるところだった。「その時蜑崎照文は懐ろより用意の沙金を五包みとり出しつ。先ず三包みを扇にのせたるそがままに、……三犬士、この金は三十両をひと包みとせり。もっとも些少の東西なれども、こたびの路用を資くるのみ。わが私の餞別ならず、里見殿の賜ものなるに、辞わで納め給えと言う。」――僕はそこを読みながら、おととい届いた原稿料の一枚四十銭だったのを思い出した。僕等は二人ともこの七月に大学の英文科を卒業していた。従って衣食の計を立てることは僕等の目前に迫っていた。僕はだんだん八犬伝を忘れ、教師になることなどを考え出した。が、そのうちに眠ったと見え、いつかこう言う短い夢を見ていた。

――それは何でも夜更けらしかった。僕はとにかく雨戸をしめた座敷にたった一人横になっていた。すると誰か戸を叩いて「もし、もし」と僕に声をかけた。僕はその雨戸の向うに池のあることを承知していた。しかし僕に声をかけたのは誰だか少しもわからなかった。

「もし、もし、お願いがあるのですが、……」

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