山鴫
本文約7,800字 ・ 読了時間 約16分
あらすじ(AIが作成しました)
ヤスナヤ・ポリヤナを訪れたトウルゲネフは、トルストイと共に山鴫を打ちに出かける。トウルゲネフは一羽の鴫を射止めたと主張するが、犬が見つけられなかったことでトルストイから疑われ、二人の間には険悪な空気が漂う。翌朝、子供たちが木に引っかかっていた鴫を発見し、誤解は解ける。無実が証明されたトウルゲネフは喜び、二人は互いの信義を確認し合って笑い合う。
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千八百八十年五月何日かの日暮れ方である。二年ぶりにヤスナヤ・ポリヤナを訪れた Ivan Turgenyef は主の Tolstoi 伯爵と一しよに、ヴアロンカ川の向うの雑木林へ、山鴫を打ちに出かけて行つた。
鴫打ちの一行には、この二人の翁の外にも、まだ若々しさの失せないトルストイ夫人や、犬をつれた子供たちが加はつてゐた。
ヴアロンカ川へ出るまでの路は、大抵麦畑の中を通つてゐた。日没と共に生じた微風は、その麦の葉を渡りながら、静に土の匂を運んで来た。トルストイは銃を肩にしながら、誰よりも先に歩いて行つた。さうして時々後を向いては、トルストイ夫人と歩いてゐるトウルゲネフに話しかけた。その度に「父と子と」の作家は、やや驚いたやうに眼を挙げながら、嬉しさうに滑らかな返事をした。時によると又幅の広い肩を揺すつて、嗄れた笑ひ声を洩す事もあつた。それは無骨なトルストイに比べると、上品な趣があると同時に、何処か女らしい答ぶりだつた。
路がだらだら坂になつた時、兄弟らしい村の子供が、向うから二人走つて来た。彼等はトルストイの顔を見ると、一度に足を止めて目礼をした。それから又元のやうに、はだしの足の裏を見せながら、勢よく坂を駈け上つて行つた。トルストイの子供たちの中には、後から彼等へ何事か、大声に呼びかけるものもあつた。が、二人はそれも聞えないやうに、見る見る麦畑の向うに隠れてしまつた。
「村の子供たちは面白いよ。」
トルストイは残を顔に受けながら、トウルゲネフの方を振返つた。
「ああ云ふ連中の言葉を聞いてゐると、我々には思ひもつかない、直截な云ひまはしを教へられる事がある。」
トウルゲネフは微笑した。今の彼は昔の彼ではない。昔の彼はトルストイの言葉に、子供らしい感激を感じると、我知らず皮肉に出勝ちだつた。……
「この間もああ云ふ連中を教えてゐると、――」
トルストイは話し続けた。