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TORENDIA

或る女

本文約204,700字 ・ 読了時間 約410分

あらすじ(AIが作成しました)

美貌と才気に恵まれた女性・早月葉子が、旧来の因習に逆らい、自由な恋愛を求めて生きようとする。しかし、その代償として、破滅への道をたどっていく。

有島武郎

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二二

どこかから菊の香がかすかに通って来たように思って葉子は快い眠りから目をさました。自分のそばには、倉地が頭からすっぽりとふとんをかぶって、いびきも立てずに熟睡していた。料理屋を兼ねた旅館のに似合わしい華手な縮緬の夜具の上にはもうだいぶ高くなったらしい秋の日の光が障子越しにさしていた。葉子は往復一か月の余を船に乗り続けていたので、船脚の揺らめきのなごりが残っていて、からだがふらりふらりと揺れるような感じを失ってはいなかったが、広い畳の間に大きな軟らかい夜具をのべて、五体を思うまま延ばして、一晩ゆっくりと眠り通したその心地よさは格別だった。仰向けになって、寒からぬ程度に暖まった空気の中に両手を二の腕までむき出しにして、軟らかい髪の毛に快い触覚を感じながら、何を思うともなく天井の木目を見やっているのも、珍しい事のように快かった。

やや小半時もそうしたままでいると、帳場でぼんぼん時計が九時を打った。三階にいるのだけれどもその音はほがらかにかわいた空気を伝って葉子の部屋まで響いて来た。と、倉地がいきなり夜具をはねのけて床の上に上体を立てて目をこすった。

「九時だな今打ったのは」

と陸で聞くとおかしいほど大きな塩がれ声でいった。どれほど熟睡していても、時間には鋭敏な船員らしい倉地の様子がなんの事はなく葉子をほほえました。

倉地が立つと、葉子も床を出た。そしてそのへんを片づけたり、煙草を吸ったりしている間に(葉子は船の中で煙草を吸う事を覚えてしまったのだった)倉地は手早く顔を洗って部屋に帰って来た。そして制服に着かえ始めた。葉子はいそいそとそれを手伝った。倉地特有な西洋風に甘ったるいような一種のにおいがそのからだにも服にもまつわっていた。それが不思議にいつでも葉子の心をときめかした。

「もう飯を食っとる暇はない。またしばらく忙しいで木っ葉みじんだ。今夜はおそいかもしれんよ。おれたちには天長節も何もあったもんじゃない」

そういわれてみると葉子はきょうが天長節なのを思い出した。葉子の心はなおなお寛濶になった。

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