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TORENDIA

ア、秋

本文約1,500字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

詩人が「秋について」という注文に応じるため、日頃書き留めていた「秋」に関するメモを紐解く随筆。蜻蛉の姿やコスモスの風情、夏の残照といった秋の気配に対する独自の考察や、断片的な会話、記憶が綴られる。夏の中に忍び込む「ずるい悪魔」としての秋の正体を、詩人の眼で見つめ直し、書き留められた言葉の数々を通じて、秋という季節の持つ哀愁や苦悩、そして不可解な情景を浮き彫りにする。

太宰治

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🎧 ア、秋 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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本職の詩人ともなれば、いつどんな注文があるか、わからないから、常に詩材の準備をして置くのである。

「秋について」という注文が来れば、よし来た、と「ア」の部の引き出しを開いて、愛、青、赤、アキ、いろいろのノオトがあって、そのうちの、あきの部のノオトを選び出し、落ちついてそのノオトを調べるのである。

トンボ。スキトオル。と書いてある。

秋になると、蜻蛉も、ひ弱く、肉体は死んで、精神だけがふらふら飛んでいる様子を指して言っている言葉らしい。蜻蛉のからだが、秋の日ざしに、透きとおって見える。

秋ハ夏ノ焼ケ残リサ。と書いてある。焦土である。

夏ハ、シャンデリヤ。秋ハ、燈籠。とも書いてある。

コスモス、無残。と書いてある。

いつか郊外のおそばやで、ざるそば待っている間に、食卓の上の古いグラフを開いて見て、そのなかに大震災の写真があった。一面の焼野原、市松の浴衣着た女が、たったひとり、疲れてしゃがんでいた。私は、胸が焼き焦げるほどにそのみじめな女を恋した。おそろしい情慾をさえ感じました。悲惨と情慾とはうらはらのものらしい。息がとまるほどに、苦しかった。枯野のコスモスに行き逢うと、私は、それと同じ痛苦を感じます。秋の朝顔も、コスモスと同じくらいに私を瞬時窒息させます。

秋ハ夏ト同時ニヤッテ来ル。と書いてある。

夏の中に、秋がこっそり隠れて、もはや来ているのであるが、人は、炎熱にだまされて、それを見破ることが出来ぬ。耳を澄まして注意をしていると、夏になると同時に、虫が鳴いているのだし、庭に気をくばって見ていると、桔梗の花も、夏になるとすぐ咲いているのを発見するし、蜻蛉だって、もともと夏の虫なんだし、柿も夏のうちにちゃんと実を結んでいるのだ。

秋は、ずるい悪魔だ。夏のうちに全部、身支度をととのえて、せせら笑ってしゃがんでいる。僕くらいの炯眼の詩人になると、それを見破ることができる。家の者が、夏をよろこび海へ行こうか、山へ行こうかなど、はしゃいで言っているのを見ると、ふびんに思う。もう秋が夏と一緒に忍び込んで来ているのに。秋は、根強い曲者である。

怪談ヨロシ。アンマ。モシ、モシ。

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