饗応夫人
本文約6,900字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
戦争で夫を失い消息不明のまま暮らす妻は、生来の接待癖から、偶然再会したかつての知人・笹島らによる無遠慮な訪問と要求を拒めずにいた。家は彼らのたまり場となり、身を削るようなもてなしで心身を衰弱させた妻は、ついに喀血する。里への帰郷を試みるも、再び現れた笹島らとの対面で出発を断念した妻は、自らの切符を引き裂き、過酷なもてなしを続ける決意をする。その姿に心を打たれた女中は、自らも切符を破り捨て、献身を誓う。
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奥さまは、もとからお客に何かと世話を焼き、ごちそうするのが好きなほうでしたが、いいえ、でも、奥さまの場合、お客をすきというよりは、お客におびえている、とでも言いたいくらいで、玄関のベルが鳴り、まず私が取次ぎに出まして、それからお客のお名前を告げに奥さまのお部屋へまいりますと、奥さまはもう既に、鷲の羽音を聞いて飛び立つ一瞬前の小鳥のような感じの異様に緊張の顔つきをしていらして、おくれ毛を掻き上げ襟もとを直し腰を浮かせて私の話を半分も聞かぬうちに立って廊下に出て小走りに走って、玄関に行き、たちまち、泣くような笑うような笛の音に似た不思議な声を挙げてお客を迎え、それからはもう錯乱したひとみたいに眼つきをかえて、客間とお勝手のあいだを走り狂い、お鍋をひっくりかえしたりお皿をわったり、すみませんねえ、すみませんねえ、と女中の私におわびを言い、そうしてお客のお帰りになった後は、呆然として客間にひとりでぐったり横坐りに坐ったまま、後片づけも何もなさらず、たまには、涙ぐんでいる事さえありました。
ここのご主人は、本郷の大学の先生をしていらして、生れたお家もお金持ちなんだそうで、その上、奥さまのお里も、福島県の豪農とやらで、お子さんの無いせいもございましょうが、ご夫婦ともまるで子供みたいな苦労知らずの、のんびりしたところがありました。私がこの家へお手伝いにあがったのは、まだ戦争さいちゅうの四年前で、それから半年ほど経って、ご主人は第二国民兵の弱そうなおからだでしたのに、突然、召集されて運が悪くすぐ南洋の島へ連れて行かれてしまった様子で、ほどなく戦争が終っても、消息不明で、その時の部隊長から奥さまへ、或いはあきらめていただかなければならぬかも知れぬ、という意味の簡単な葉書がまいりまして、それから奥さまのお客の接待も、いよいよ物狂おしく、お気の毒で見ておれないくらいになりました。