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TORENDIA

鴎

本文約11,400字 ・ 読了時間 約23分

あらすじ(AIが作成しました)

自身を唖の鴎になぞらえる無名の作家が、時流に乗りきれぬ矮小無力な市民としての自己の姿を描く。祖国愛を公言できず、戦線からの原稿に新しい感動を見出そうと苦闘する中で、作家は辻音楽師のように己の芸術を追求する孤独な生き方を模索する。日常の卑屈な感情や社会の閉塞感に揺れ動きながらも、ただ盲目的に「待つ」という言葉を頼りに、漂泊の旅を続ける作者の内面を綴る作品。

太宰治

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鴎というのは、あいつは、唖の鳥なんだってね、と言うと、たいていの人は、おや、そうですか、そうかも知れませんね、と平気で首肯するので、かえってこっちが狼狽して、いやまあ、なんだか、そんな気がするじゃないか、と自身の出鱈目を白状しなければならなくなる。唖は、悲しいものである。私は、ときどき自身に、唖の鴎を感じることがある。

いいとしをして、それでも淋しさに、昼ごろ、ふらと外へ出て、さて何のあても無し、路の石塊を一つ蹴ってころころ転がし、また歩いていって、そいつをそっと蹴ってころころ転がし、ふと気がつくと、二、三丁ひとつの石塊を蹴っては追って、追いついては、また蹴って転がし、両手を帯のあいだにはさんで、白痴の如く歩いているのだ。私は、やはり病人なのであろうか。私は、間違っているのであろうか。私は、小説というものを、思いちがいしているのかも知れない。よいしょ、と小さい声で言ってみて、路のまんなかの水たまりを飛び越す。水たまりには秋の青空が写って、白い雲がゆるやかに流れている。水たまり、きれいだなあと思う。ほっと重荷がおりて笑いたくなり、この小さい水たまりの在るうちは、私の芸術も拠りどころが在る。この水たまりを忘れずに置こう。

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