玉藻の前
本文約130,000字 ・ 読了時間 約261分
あらすじ(AIが作成しました)
平安朝末期の都に住む少年・千枝松と少女・藻は、日々の窮状の中で互いを支え合いながら夜の清水詣を続けていた。やがて玉藻の前という女性をめぐり、嫉妬や憤怒による争いが貴族や武士たちの間に巻き起こる。魔女としての伝説を持つ玉藻の前と、彼女を慕う千枝松の運命が交差する中で、歴史の裏側に潜む呪詛と人々の葛藤が描かれ、保元・平治の乱といった激動の時代へと歴史の歯車が回り始める様を綴る。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
清水詣で
一
「ほう、よい月じゃ。まるで白銀の鏡を磨ぎすましたような」
あらん限りの感嘆のことばを、昔から言いふるしたこの一句に言い尽くしたというように、男は晴れやかな眉をあげて、あしたは十三夜という九月なかばのあざやかな月を仰いだ。男は今夜の齢よりも三つばかりも余計に指を折ったらしい年頃で、まだ一人前の男のかずには入らない少年であった。彼はむろん烏帽子をかぶっていなかった。黒い髪をむすんでうしろに垂れて、浅黄無地に大小の巴を染め出した麻の筒袖に、土器色の短い切袴をはいていた。夜目にはその着ている物の色目もはっきりとは知れなかったが、筒袖も袴も洗いざらしのように色がさめて、袴の裾は皺だらけに巻くれあがっていた。
そのわびしい服装に引きかえて、この少年は今夜の月に照らされても恥ずかしくないほどの立派な男らしい顔をもっていた。彼に玉子色の小袖を着せて、うす紅梅の児水干をきせて、漢竹の楊条を腰にささせたらば、あわれ何若丸とか名乗る山門の児として悪僧ばらが渇仰随喜の的にもなりそうな美しく勇ましい児ぶりであった。しかし今の彼のさびしい腰のまわりには楊条もなかった。小さ刀も見えなかった。彼は素足に薄いきたない藁草履をはいていた。
「ほんによい月じゃ」
彼に口をあわせるように答えたのは、彼と同年か一つぐらいも年下かと思われる少女で、この物語の進行をいそぐ必要上、今くわしくその顔かたちなどを説明している余裕がない。ここでは唯、彼女が道連れの少年よりも更に美しく輝いた気高い顔をもっていて、陸奥の信夫摺りのような模様を白く染め出した薄萌黄地の小振袖を着て、やはり素足に藁草履をはいていたというだけを、記すにとどめて置きたい。