半七捕物帳
本文約18,500字 ・ 読了時間 約38分
あらすじ(AIが作成しました)
銀座の新聞社に勤める語り手は、縁日で半七老人と再会し、江戸時代から続く「幽霊の観世物小屋」の怪談を聞く。安政元年の浅草、その小屋で一人の女が死体で発見される騒ぎが起きた。若き大工が見つけたその女は、かつて駿河屋の隠居であったお半という者であった。不可解な死の背景には、後継ぎを巡る複雑な人間関係や隠された愛憎が渦巻いており、半七が江戸の闇に潜む事件の真相に迫っていく。
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一
七月七日、梅雨あがりの暑い宵であったと記憶している。そのころ私は銀座の新聞社に勤めていたので、社から帰る途中、銀座の地蔵の縁日をひやかして歩いた。電車のまだ開通しない時代であるから、尾張町の横町から三十間堀の河岸へかけて、いろいろの露店がならんでいた。河岸の方には観世物小屋と植木屋が多かった。
観世物は剣舞、大蛇、ろくろ首のたぐいである。私はおびただしい人出のなかを揉まれながら、今や河岸通りの観世物小屋の前へ出て、ろくろ首の娘の看板をうっとりと眺めていると、黙って私の肩をたたく人がある、振り返ると、半七老人がにやにや笑いながら立っていた。洋服を着た若い者が、口をあいてろくろ首の看板をながめているなどは、余りいい図ではないに相違ない。飛んだところを老人に見つけられて、私は少々赤面したような気味で、あわてて挨拶した。老人は京橋辺の知人のところへ中元の礼に行った帰り路だとか云うことで、ふた言三言立ち話をして別れた。
それから四、五日の後、わたしも老人を赤坂の宅へ中元の礼ながらにたずねてゆくと、銀座の縁日の話から観世物の噂が出た。ろくろ首の話も出た。
「世の中がひらけて来たと云っても、観世物の種はあんまり変らないようですね」と、老人は云った。「ろくろ首の観世物なんぞは、江戸時代からの残り物ですが、今に廃らないのも不思議です。いつかもお話し申したことがありますが、氷川のかむろ蛇の観世物、その正体を洗えば大抵そんな物なんですが、つまりは人間の好奇心とか云うのでしょうか、だまされると知りながら木戸銭を払うことになる。そこが香具師や因果物師の付け目でしょうね。観世物の種類もいろいろありますが、江戸時代にはお化けの観世物、幽霊の観世物なぞというのが時々に流行りました。