M侯爵と写真師
本文約9,100字 ・ 読了時間 約19分
あらすじ(AIが作成しました)
新聞社の写真師・杉浦は、図々しい性格と持ち前の愛嬌で、名門・M侯爵の懐にも飛び込んでいく。侯爵が冗談で放った食事の誘いを真に受け、家令を脅してまで邸宅へ押しかけ、すっぽん料理を馳走になる。侯爵の社交辞令に気づかない無邪気な写真師と、それに困惑しながらも愛想よく振る舞わざるを得ない侯爵の姿を通じて、虚礼に満ちた社会の人間関係と、相手の言葉をそのまま信じる人間の素朴な尊さを描く。
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……君も知っているでしょう、僕の社の杉浦という若い写真師を。君もきっとどこかで、一度くらいは会ったことがあるはずです。まだ若い、二十をやっと出たか出ないかの江戸っ子です。あの男とM侯爵との話です。M侯爵って、無論あのM侯爵です。大名華族中第一の名門で重厚謹厳の噂の高い、華族中おそらく第一の名望家といってもよいあのM侯爵です。第三次の桂内閣が倒れた後に、一時M侯爵が宰相に擬せられたことがありましたね。その時S新聞だったと思いますが、「M侯爵は日本の取って置きの人物だ。有事の日に使用すべき切り札だ。今内閣を組織させるのは惜しい」なんていいましたが、朝野を通じて名望家といえば、あの人以上の人はちょっとありますまいね。重厚謹厳で一指も軽々しく動かさないという風がありながら、日常は至極平民的で如才なく、新聞記者などにもあのくらい快く会ってくれる人は、ちょっとありますまい。駆け出しの記者は会ってくれさえすれば、誰でも善人に見えてしようのないものです。僕なども石の缶詰をこしらえたなどという悪評のある某実業家が快く会ってくれたために、その当座はばかにその人が好きになったことがありましたよ。とにかく、杉浦のような小僧あがりの写真師が、M侯爵と知己になるなんて、全く侯爵が平民的ないい人だからです。またこの杉浦というやつが、図々しくって押しが太くて、鼻柱が強くて、大臣宰相でも、公爵でも、何の遠慮もあらばこそ、ぐんぐんぶつかって行く男なのです。