義民甚兵衛
本文約20,000字 ・ 読了時間 約41分
あらすじ(AIが作成しました)
文政十一年、飢饉に苦しむ讃岐国弦打村で、郡奉行を殺害した下手人として脚の不自由な甚兵衛と家族が捕らえられる。村を守るために一人で罪を被った甚兵衛は、磔を目前にして、日頃自分を苛み続けた継母や弟たちが処刑されていく様子を笑いながら見送る。村人が感謝と悲嘆に暮れる中、甚兵衛は自らも刑に服すべく、高らかな笑い声を上げながら死の淵へと向かっていく様子を描く。
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人物
農夫 甚兵衛 二十九歳 甚しき跛者
その弟 甚吉 二十五歳
同 甚三 二十二歳
同 甚作 二十歳
甚兵衛の継母 おきん 五十歳前後
隣人 老婆およし 六十歳以上
庄屋 茂兵衛
村人 勘五郎
村人 藤作
一揆の首領 甲
同 乙
刑吏、村人、一揆、その他大勢
時
文政十一年十二月
所
讃岐国香川郡弦打村
第一幕
甚兵衛の家。藁葺きの、大なれども汚き百姓家。左に土間、土間につづいて台所の右は八畳の居間、畳も柱も黒く光っている。入口の柱には、金比羅大神宮の大なる札を貼っている。その札も、黒くくすぶっている。八畳の奥は部屋のあることを示している。家財道具はほとんどなし。
母屋の左に接近して、一棟の建物がある。画られて、牛小屋と納屋とになっている。牛はいない。
幕開く。甚作と甚三とが、家の前庭で、「前掻き」と称する網を繕っている。(方形の形をして柄が付いている。小溝の鮒や泥鰌を掬うに用いるもの)しばらくすると、母のおきんが、母屋と牛小屋との間から、大根を二本さげて出てくる。冬の日の黄昏近し。
おきん 畜生! また大根を二、三本盗みやがった! 作、今度見つけたら背骨の折れるほど、どやしつけてやれ! どこのどいつやろう。 甚作 新田の権が、昨日夕方裏の畑のところを、うろうろしていたけに、あいつかも知れんぞ。飢饉で増えたのは畑泥棒ばかりじゃ。 おきん 大根やって、今年は米の飯よりも大事じゃ。百本ばかりある大根が、冬中のおもな食物じゃけになあ。 甚三 お母、木津の藤兵衛の家じゃもう食物が尽きたけに、来年の籾種にまで、手を付けたというぞ。 おきん 藤兵衛が家でけ。ええ気味じゃ。藤兵衛の嬶め、俺がいつか小豆一升貸せいうて頼んだのに、貸せんというてはねつけやがったものな。 (おきん、台所へ入り水を汲んで大根を洗っている。隣家の老婆、およし入ってくる。ぼろぼろの着物を着て、瘠せはてている)