十五年間
本文約18,500字 ・ 読了時間 約37分
あらすじ(AIが作成しました)
戦災により生家へ戻った作家が、十五年間の都会生活を振り返る回想録。東京へ出て小説を発表した自身の半生を辿りつつ、文壇での苦闘や、戦中から戦後へと至る激動の時代背景を紐解く。かつての遺書的な作品群に込められた自身の文学の本質を見つめ直し、作家としての歩みを再構築する試みを綴る。また、思想の自由や当時の社会情勢を巡る対話を通じ、自己の置かれた立場や変容する時代と向き合う姿勢を描く。
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れいの戦災をこうむり、自分ひとりなら、またべつだが、五歳と二歳の子供をかかえているので窮し、とうとう津軽の生家にもぐり込んで、親子四人、居候という身分になった。
たいていの人は、知っているかと思うが、私は生家の人たちと永いこと、具合の悪い間柄になっていた。げびた言い方をすれば、私は二十代のふしだらのために勘当されていたのである。
それが、二度も罹災して、行くところが無くなり、ヨロシクタノムと電報を発し、のこのこ生家に乗り込んだ。
そうして間もなく戦いが終り、私は和服の着流しで故郷の野原を、五歳の女児を連れて歩きまわったりなど出来るようになった。
まことに、妙な気持のものであった。私はもう十五年間も故郷から離れていたのだが、故郷はべつだん変っていない。そうしてまた、その故郷の野原を歩きまわっている私も、ただの津軽人である。十五年間も東京で暮していながら、一向に都会人らしく無いのである。首筋太く鈍重な、私はやはり百姓である。いったい東京で、どんな生活をして来たのだろう。ちっとも、あか抜けてやしないじゃないか。私は不思議な気がした。
そうして、或る眠られぬ一夜、自分の十五年間の都会生活に就いて考え、この際もういちど、私の回想記を書いてみようかと思い立った。もういちど、というわけは、五年くらい前に、私は「東京八景」という題で私のそれまでの東京生活をいつわらずに書いて発表した事があるからである。しかし、それから五年経ち、大戦の辛苦を嘗めるに及んで、あの「東京八景」だけでは、何か足りないような気がして、こんどは一つ方向をかえ、私がこれまで東京に於いて発表して来た作品を主軸にして、私という津軽の土百姓の血統の男が、どんな都会生活をして来たかを書きしたため、また「東京八景」以後の大戦の生活をも補足し、そうして、私の田舎臭い本質を窮めたいと思った。