大菩薩峠
本文約85,800字 ・ 読了時間 約172分
あらすじ(AIが作成しました)
駒井能登守が自身の屋敷へお君を招き、奉公を願い出る。お君は主人の伊太夫やその周囲の思惑に翻弄される。一方、机竜之助は女を斬った際にその手首が自身の衣服に食い込み離れなくなるという異様な事態に陥る。また、屋敷の様子を探っていた折助の金助は、能登守が牢破りを匿っている事実を目の当たりにする。多種多様な人々の思惑と凄惨な因縁が交錯する中、物語は不穏な様相を呈していく。
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一
お君は、やがて駒井能登守の居間へ通されました。
能登守の居間というのは、そこへ案内されたお君が異様に感じたばかりでなく、誰でもこの居間へ来たものは、異様の念に打たれないわけにはゆかないものであります。それは畳ならば六十畳ほどの広さを持った居間に、畳を敷いてあるのでなく、板張りにして絨氈のようなものが敷き詰められてありました。
その広い室の中央と片隅とに卓子が置かれて、その周囲には椅子が置かれて、四方には明るく窓が切ってあります。
長押の上や壁の間には、いくつもの額が掲げられてありますが、どの額も、軍艦や大砲やまた見慣れない風景や建築の図案であります。それから書棚には多くの書物があります。その書物には洋式の書物が特にめだっているのみならず、書棚の隅や、本箱の上、また別に棚を作って、見慣れないさまざまの武器の実物と模型とが、無数に陳列されてあります。
さまざまの武器といううちにも、ことに鉄砲が多く、ことに小銃にはいくつかの実物があり、大砲は模型として順序よく並べられてありました。
旧来の屋敷を、こんなに能登守が好みで建築をし直したものだと、お君はそのくらいのことはわかりますけれども、そのほかのことは、めまぐるしいほどで、なんと言ってよいかわかりません。
その卓子の近くの椅子の上へ腰をかけてよいのだか、また絨氈の上へ坐らねば失礼であるのだか、それさえお君にはわかりませんで、案内のあとに隠れてただポーッとして立ち竦んでしまったようです。能登守はその時、片隅の椅子に腰かけて卓子に向っていました。
黒羅紗の筒袖の陣羽織を着て野袴を穿いていました。門番の足軽が言った通り、今まで調練の指図をしていたのが、それが済んでからここへ来て、書物を開いて何か書いているのでありましょう。その書物は、やはり見慣れない文字の書物であります。それを見慣れた文字に書き直していたようであります。今まで広場で調練の指図をしていたという能登守は、それがために血色が活々として、汗ばんだところへ黒い髪の毛が乱れかかっていました。
「よくおいでなされた、暫らくそれでお待ち下さい」