TRENDIA CLASSIC

應仁の亂に就て

内藤湖南

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私は應仁の亂に就て申上げることになつて居りますが、私がこんな事をお話するのは一體他流試合と申すもので、一寸も私の專門に關係のないことであります、が大分若い時に本を何といふことなしに無暗に讀んだ時分に、いろいろ此時代のものを讀んだ事がありますので、それを思ひ出して少しばかり申上げることに致しました。それももう少し調べてお話するといゝのですが、一寸も調べる時間がないので、頼りない記憶で申上げるんですから、間違があるかも知れませぬが、それは他流試合だけに御勘辨を願ひます。

兎に角應仁の亂といふものは、日本の歴史に取つてよほど大切な時代であるといふことだけは間違のない事であります。而もそれは單に京都に居る人が最も關係があるといふだけでなく、即ち京都の町を燒かれ、寺々神社を燒かれたといふばかりではありませぬ。それらは寧ろ應仁の亂の關係としては極めて小さな事であります、應仁の亂の日本の歴史に最も大きな關係のあることはもつと外にあるのであります。

大體歴史といふものは、或る一面から申しますると、いつでも下級人民がだん/″\向上發展して行く記録であると言つていゝのでありまして、日本の歴史も大部分此の下級人民がだん/\向上發展して行つた記録であります。其中で應仁の亂といふものは、今申しました意味において最も大きな記録であると言つてよからうと思ひます。一言にして蔽へば、應仁の亂といふものゝ日本歴史における最も大事な關係といふものはそこにあるのであります。

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