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TORENDIA

大阪の町人と學問

本文約7,600字 ・ 読了時間 約16分

あらすじ(AIが作成しました)

徳川時代における大阪の町人と学問の歴史的変遷を論じる。経済的都市として発展した大阪で、初期の漢学は医師の兼業により維持された。元禄以降、町人の要求に応じた実学としての漢学が懐徳堂の創設と共に興り、富永仲基らが独創的な批評精神を発揮した。また、西鶴や近松らによる平民文学が隆盛を極める。時代が進むにつれ学問の門閥化や形骸化が進み、次第に町人の学問は番頭や丁稚といった使用人層へ移行した過程をたどる。

内藤湖南

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大阪の町人の學問については、豫て私の友人幸田成友君などが隨分精細な調べをされて、大阪市史にも載せられて居るから、私が茲に語らんとする所は、大阪の町人と學問との關係について、私一個の考察を申述べるに過ぎない。而も此等の事に關しては、懷徳堂で嘗て山片蟠桃の話をし、この次ぎに富永仲基に關する話をする約束があり、又嘗て土屋元作君が橋本宗吉に關して精しいお話があつて、此等の人々はいづれも大阪の町人學者であるから、茲には唯一般的な大體に亙つた樣な考へを述べて見ようとするものである。

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