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TORENDIA

支那古典学の研究法に就きて

本文約4,200字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

支那の文化を理解するための支那古典学の研究方法を論じる。古典学は伝統的に経学を中心に発展したが、経書を絶対視し疑わないことが学問の進歩を妨げてきた。今後は先秦時代の古典を基準とし、金文や殷墟の遺物といった考古学的な知見を組み合わせて、科学的かつ体系的な研究を推進する必要がある。部分的かつ独断的な考証から脱却し、順次時代を遡って古書の竄乱を解明することで、支那文化の源流を明らかにすることを目指す。

内藤湖南

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🎧 支那古典学の研究法に就きて / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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支那を解釋するには、支那人が是迄積み上げた事業と云ふ者を十分に研究して見なければならぬ。其の事業は一口に言へば文化であるが、その中には、政治もあれば、文學もあり、藝術もあり、乃至は土工の遺物もあつて、迚も一人の力の窮め得べからざる所であるが、予は其の立場として、支那民族發展の跡を繹ねて、その文化を刔剔し、之を理解する爲めの古典學研究について、茲に自己の經驗から得た方法を説明して見ようと思ふ。

支那の古典學は、第一は經學であるが、それにも漢魏以來明清に至る各時代には、その時代々々の特色があつたが、大體に於て古典學の研究は唐宋から起つたと云つても宜い。漢人は學問に家法を重んじ、儒林の間には各家の師法と云ふ者があつて、弟子を以て師に紹ぐと云ふのだから、從つて新意を出すと云ふ樣なこともあまりなかつた。次いで六朝人と唐人とは所謂箋疏の學問で、漢人師法の學問について、その意義を鮮明にするに努めたが、經書を分剖解析すると云ふ樣なことは一向なかつたのである。尤も漢代には特出せる評論家があつた。それは有名なる劉向、其の子の二人である。劉向は漢の王孫で、現今存在して居る漢以前の古典と云ふ者は大抵向父子の校訂に成つたものである。處が向父子の歿後はこの評論家と云ふ者が絶えてしまつた。

唐人に至りて始めて經典に疑問を挾むの風が起り、宋に至つて盛んになつた。殊に朱子の一派の人などに至りては、經典の改竄までも敢てする樣になつたのである。勿論その頃の研究は、まだ學問の組織が十分に發達して居なかつた爲めに、その改竄といふものも常識で判斷して居る丈のことで、尚書に補訂をしても、其他禮記の改竄などに至りても、殆んど古本と面目を改める樣になつたが、その改竄の理由は何等の根據があつた爲めでなく、單に常識に訴へて、古書の意味を成さないと思つた處を武斷的に刪補したが、併しその反動の結果として、清朝の漢學派を生ずるに至つたのであるから、これも輕々に看過してはならぬ。

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