TRENDIA CLASSIC

冥土行進曲

夢野久作

1 / 30

昭和×年四月二十七日午後八時半……。

下関発上り一二等特急、富士号、二等寝台車の上段の帷をピッタリと鎖して、シャツに猿股一つのまま枕元の豆電燈を灯けた。ノウノウと手足を伸ばした序に、枕元に掛けた紺背広の内ポケットから匕首拵の短刀を取出して仰向になったまま鞘を払ってみた。

切先から元まで八寸八分……一点の曇もない。正宗相伝の銀河に擬う大湾に、火焔鋩子の返りが切先長く垂れて水気が滴るよう……中心に「建武五年。於肥州平戸作之。盛広」と銘打った家伝の宝刀である。近いうちにこの切先が、私の手の内で何人かの血を吸うであろう……と思うと一道の凄気が惻々として身に迫って来る。

私は短刀をピッタリと鞘に納めて、枕元に突込んだ。

電燈を消して静かに眼を閉じてみると、今朝からの出来事が、アリアリと眼の前に浮み上って来る。

今朝……四月二十七日の午前十一時頃の事、雨の音も静かなQ大医学部、大寺内科、第十一号病室の扉を静かに開いて、私の異母弟、友石友次郎が這入って来た。死人のような青い顔をして、私の寝台の前に突立った彼は、私の顔を真正面に見得ないらしく、ガックリと頭を低れた。間もなく長い房々した髪毛の蔭からポタポタと涙を滴らし初めた。

……妙な奴だ。私は寝台の中から半身を起した。

私とは正反対のスラリとした痩型の弟である。永い間、私の月給に縋って、ついこの頃銀時計の医学士になって、このQ大学のレントゲン室に出勤している者であるが、タッタ一人の骨肉の兄である私の貧乏に遠慮して、今だに背広服を作り得ずに、金釦の学生服のままで勤務している純情の弟……恋愛小説の挿画みたような美青年の癖に、カフェエなんか見向きもしない糞真面目な弟……そいつが何か悪い事でもしたかのように私の前にうなだれてメソメソ泣いているから、おかしい。

夢野久作の他の作品