TRENDIA CLASSIC

キチガイ地獄

夢野久作

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……やッ……院長さんですか。どうもお邪魔します。

ええ。早速ですが私の精神状態も、御蔭様でヤット回復致しましたから、今日限り退院さして頂こうと思いまして、実は御相談に参りました次第ですが……どうも永々御厄介に相成りまして、何とも御礼の申上げようがありません。……ええ。それから入院料の方は、自宅へ帰りましてから早速、お届けする事に致したいと思いますが……。

……ハハア……いかにも。なるほど。事情をお聞きにならない事には、退院させる訳には行かぬと仰有るのですね。イヤ。重々御尤もです。それでは事情を一通りお話し致しますが……しかし他人へお洩らしになっては困りますよ。何しろ私の生命にかかわる重大問題ですからね……。

ナル……成る程。患者の秘密を一々ほかへ洩らしたら、医者の商売は成り立たない。特に病院というものは、世間の秘密の保管倉庫みたようなもの……イヤ。御信用申上げます。御信用申上るどころではありません。

それでは事実を打ち割って告白致しますが、何を隠しましょう、私は殺人犯の前科者です。破獄逃亡の大罪人です。婦女を誘拐した愚劣漢であると同時に、二重結婚までした破廉恥極まる人非人……。

イヤ。お笑いになっては困ります。そんな風にお考え下さるのは重々感謝に堪えない次第ですが、しかし事実を枉げる事は断然出来ませぬ。御承知の通り現在、只今の私は、北海道の炭坑王と呼ばれていた谷山家の養嗣子、秀麿と認められている身の上ですからね。私の実家も、定めし立派な身分家柄の者であろうと、十人が十人思っておられるのは、むしろ当然の事かも知れませんが、遺憾ながら事実は丸で正反対……と申上げたいのですが、実はもっとヒドイのです。その証拠に、私が谷山家に入込みました直前の状態を告白致しましたら、誰でも開いた口が塞がらないでしょう。

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