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TORENDIA

樹木とその葉

本文約3,400字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

早稲田卒業後の新聞社勤務を経て、若山牧水は短歌雑誌『創作』の発刊や編集、さらに放浪の旅や各地での生活に身を投じる。本作は、慢性的な金欠や、酒に明け暮れた頽廃的な日々、結婚後の生活苦、そして妻の闘病といった自身の貧乏時代の経験を綴る。物事の不自由さや困窮を抱えながらも、それらを深刻に捉えず、流れる水のような心で日々を過ごし、淡々と歌を詠み続けた詩人の半生を回想する。

若山牧水

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🎧 樹木とその葉 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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貧しとし時にはなげく時としてその貧しさを忘れてもをる

ゆく水のとまらぬこころ持つといへどをりをり濁る貧しさゆゑに

小生の貧困時代は首尾を持つてゐない。だからいつからいつまでとそれを定める由もない。そんな状態であるために殆んどまたそれに對する感覺といふものをも失つて居る觀がある。從つてオイソレとその記憶を持ち出して來ることが困難である。止むなくこれを細君にたづね相談して見た。

流石に彼女にはあの時はあゝであつた、あそこでは斯うであつたといふ相當に生々しい感傷がある樣である。然しそれとても尋ねられたから思ひ出した程度のもので、要するに亭主同樣この永續的貧乏に對しては極めてノン氣であるらしい。

早稻田の學校を出たのはたしか二十四歳であつた。學校にゐる間も後半期は郷里からの送金途絶えがちであつたので半分自ら稼いで過してゐた。學校を出ると程なく京橋區の或る新聞社に勤めた。

月給は二十五圓であつた。社命で止むなく大嫌ひの洋服を月賦で作つたが、ネクタイを買ふ錢がなく、それ拔きで着て出てゐたところ――さうだ、靴をば永代靜雄君のを借りて穿いたのだつた――社の古老田村江東氏が見兼ねて自分のお古を持つて來て結んで呉れた。居ること約半年、社内に動搖があつて七人ほど打ち揃うて其處を出た。そしてまた間もなく同區内の他の新聞社に出ることになつた。ところが前のと違つてどうもその社内の空氣が面白くなく、前社同樣二十五圓の月給をば二箇月分か貰つたが出社して事務をとつたのは僅々五六日であつた。

それから暫く浪人してゐてやがて短歌中心の文藝雜誌『創作』を京橋の東雲堂から發刊する事になつた。編輯を續けること四五ヶ月、漸く雜誌の基礎も定まる樣になると月並で煩雜なその仕事がイヤになり、それをば他の友人に讓つておいて所謂「放浪の旅」に出た。三四年間の豫定で、各地の歌人を訪ねながら日本全國をつて來ようといふのであつた。

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