西部劇通信
本文約1,200字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
昭和への改元を機に田舎へ移り住んだ作家は、古風な家の当主としての役割を放棄し、芸術に没頭する生活を送る。創作に夢中になるあまり身の回りの品を処分し、ついには住まいを失うほどの放蕩な日々を経て、再び都へ戻るまでの五年間を綴る。本書は、その田舎での生活から生まれた諸篇を収め、自身の全生命の結晶である創作活動を通じた葛藤や、芸術に生きる生甲斐について自らの感慨を述べる。
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「西部劇通信」に収めた諸篇――「川を遡りて」から「出発」まで――は、私のこの五年間の、主なる作品である。私は、在りのまゝの生活、観たまゝの世界を、そのまゝに描く写実派の作家ではありませぬが、作品が生活の反影――私にとつては寧ろ生活が作品の反影とも云ひたい――であることは勿論で、斯うして一まとめにして見ると今更ながら様々な感慨に打たれます。
私が、この前の東京生活を引きあげて田舎へ移つたのは、世が「大正」から「昭和」に変つた年でした。私は、その時までも私の純然たる作家生活が幾年か続いてゐましたが、それはそれまでの区切りとして、私は田舎へ移りました。そして、五年間の、田舎での不思議な芸術至上生活が展けました。私は何も彼も打ち棄てゝ創作に没頭しつゞけました。私は、床の間に先祖伝来の鎧櫃が据えてあり、長押の上には大昔の薙刀や槍や陣笠などがならべてある古めかしい家の長男であり、そして今や当主であるがために、さうした物品などの保存に関しては最も責任のある頭を用ゐて、一家の繁栄をはからねばならぬ筈の身なのでしたが、私にとつては、醒めても寝ても「芸術」より他に何の夢もありません。私は、真実、何んなものを食ふてゐたか、何んなものを著てゐたか! 何も彼も放擲して、此処に集められたやうな小説の創作に没頭してゐました。鎧櫃の保存どころか、私がこれらの創作生活を続けてゐるうちに、そんなものは悉く紛失してゐました。私は稍まとまつた小説を書き終ると、とても、有頂天になり、変に夢中になつて、飲めや歌への大騒ぎを演じて、手あたり次第にその辺のものを客達に進呈せずには居られなくなるのでした。