樹木とその葉
本文約1,800字 ・ 読了時間 約4分
あらすじ(AIが作成しました)
暴風雨が過ぎ去った夏の朝、書斎で過ごす作者は、机上で煙を吹いて遊んだり、窓に迷い込んだ大きな虻を叩き落としたりして時間をやり過ごす。庭の石段に蟻の巣があることに目を留めた作者は、虻の死骸を好みの蟻に与えて観察する。しかし、仲間を呼びに走ったはずの蟻たちが戻ると、餌を巡って他の蟻種との激しい争闘が始まる。心穏やかに過ごそうと願う作者は、その光景を嫌悪し、虫の群れを蠅叩きで無慈悲に叩き潰す。
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光を含んだ綿雲が、軒端に見える空いつぱいに輝いて、庭木といふ庭木は葉先ひとつ動かさず、それぞれに雲の光を宿して濡れた樣に靜まつてゐる。蝉の聲はその中のあらゆる幹から枝から起つてゐる樣に群り湧いて、永い間私の耳を刺して居た。
數日續いた暴風雨のあとで、今朝屆いた雜誌を一册載せたばかりの机の上には冷たい濕氣が浸みてゐた。讀むともなく開いた表紙の折目の蔭になつた隙間に口に含んだ煙草の煙を吹き込むと雜誌の向側から直ぐ眞白な濃い煙がさアつと机のおもて一面に擴がつて出た。そして机のしめりに浸み込む樣にベツトリと木地にくつ着いたまゝ這ひ擴がつてゆくのみで少しも上へは昇らない。もう一度私は同じ樣に折目の下から煙を吹いた。前の煙のあとを追うて浸み擴がつたそれは、やがてよれ/\に小さな渦卷を作りながら僅かに上に昇らうとする。二つ、三つと小さな渦は出來たが、矢張り上には立たなかつた。一二寸の高さに昇つたかと思ふと、くづるゝ樣に下に靡いて擴がつた。渦卷は山の形に、下に這ふ煙は信濃あたりの高い山から山の間に見る雲の海の形にも似て眺められて、私は幼い靜かな興味を覺えながら幾度となくその戲れを繰返した。
不圖落付かぬ何やらの音が聞えた。紙とガラスの二重になつてゐる窓の障子の間にまひ込んだ何やらの羽蟲が立つる音である。疲れ果てたそして極めて靜かなその場の氣持を壞さない樣に、私はわざわざ座を立つてその蟲を逃がさうとした。見ると、それは大きな虻であつた。一度も二度も今朝がたから私を螫して逃げて行つたそれである。
波立つ胸で私はその少し前に用意して來てゐた蠅叩きを取つた。そして一打ちにその大きな虻を打ち落した。あり/\と強過ぎる力で打たれた蟲は、片羽をもがれ、腸を出して死んでしまつた。