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TORENDIA

その源

本文約2,000字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

小田急線内の乗客の言動や、進駐軍兵士と日本人の娘が同乗する電車の光景を軸に、敗戦直後の日本人が抱える精神の荒廃と屈折を綴る。物資や海外への羨望から進駐軍に迎合する人々の姿や、それを複雑な表情で見つめる若者たちの動揺を描き出し、戦時体制が日本人の自尊心や道義に与えた甚大な害悪を論じる。かつて批判能力を奪われ、権力に屈従し続けた日本人が、個としての品位を欠いた現状に直面する社会の様相を冷静に洞察する。

宮本百合子

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🎧 その源 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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二三日前の夜、おそく小田急に乗った。割合にすいていて、珍しく腰をおろした。隣りに大柄な壮年の男のひとがいて、書類鞄から出した本を、しきりに調べている。その隣りの席に黒い外套に白いマフラーをつけ、縁なしの眼鏡をかけた三十歳がらみの洋装の婦人がいて、好奇心を面にあらわし、男のひとの本の頁を横から見ている。その様子に、何か目をひくものがあった。

すると発車間際になって、一人の紳士が急いで乗りこんで来た。「あら××先生!」遠慮のない声が、その女のひとの唇から迸り出た。そして、「おもちいたしますわ」と鞄をうけとった。「近頃、大分御活動だそうですね」「あら、誰からおききになりまして、そうでもございませんわ」然し、その女のひとは、電車の隅々までよくとおる声を低めず、進駐軍のために日本語を教えていること、自分がアメリカに生れたというので大変よろこんで親切にしてくれること、チョコレートやお砂糖をどっさりくれることを話した。「そりゃ甘いチョコレートですのよ。御馳走いたしますからおいで下さい。本当に、いやになるくらい甘いんですの」

ユーモラスと感じてそれを聞くには、女のひとが分別あるべき年格好であるし、女のいじきたなさと微笑するには余り優越感めいた傍若無人さがつよく湛えられている。人々は、苦々しさをもって、其をきかされていたのであった。

東京に進駐軍が来てから二ヵ月余り経った。連合国軍の進駐前、外国兵を人間でない者のように、只恐怖、憎悪すべきもののように教えていたのは、主として日本の軍関係の仕業であった。実際に接触してみると、大多数の人々は、教え込まれていた影像とは全く違った社会生活の訓練と、人間同士のつき合かたの明るさとにおどろかされた。豊かに物をもっている人に対する社会人としての習慣的な畏敬めいた気分も我知らず加って、進駐軍は、好評をもってみられていると云えるであろう。

ところが、そのような進駐軍の明るさが、そのまま曇りない明朗さとして、日本人の感情に影響しているかと云えば、其は必ずしもそうではない。

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