本文へ移動
TORENDIA

白い下地

本文約1,300字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

白い肌こそが全ての色の土台であるという視点から、色彩と女性の容姿の調和について論じる。着物や装飾品の取り合わせにおける着る側の品格や手腕の重要性を説き、櫛や鼈甲、足袋といった小道具の美しさが、使用者の身のこなしや態度によっていかに左右されるかを具体例を交えて綴る。装いを芸術的な表現と捉え、色を活かすための洗練された身の処し方や清潔感のあり方について独自の見解を提示する随筆である。

泉鏡花

速度
🎧 白い下地 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 2

色といえば、恋とか、色情とかいう方面に就いての題目ではあろうが、僕は大に埒外に走って一番これを色彩という側に取ろう、そのかわり、一寸仇ッぽい。

色は兎角白が土台になる。これに色々の色彩が施されるのだ。女の顔の色も白くなくッちゃ駄目だ。女の顔は浅黒いのが宜いというけれど、これとて直ちにそれが浅黒いと見えるのでは無く、白い下地が有って、始めて其の浅黒さを見せるのである。

色の白いのは七難隠すと、昔の人も云った。しかしながら、ただ色が白いというのみで意気の鈍い女の顔は、黄いろく見えるような感がする。悪くすると青黒くさえ見える意気がある。まったく色が白かったら、よし、輪郭は整って居らずとも、大抵は美人に見えるように思う。僕の僻見かも知れぬが。

同じ緋縮緬の長襦袢を着せても着人によりて、それが赤黒く見える。紫の羽織を着せても、着人によりて色が引き立たない。青にしろ、浅葱にしろ、矢張着人によって、どんよりとして、其の本来の色を何処かに消して了う。

要するに、其の色を見せることは、其の人の腕によることで、恰も画家が色を出すのに、大なる手腕を要するが如しだ。

友染の長襦袢は、緋縮緬の長襦袢よりは、これを着て、其の色を発揮させるに於いて、確に容易である。即ち友染は色が混って居るがため、其の女の色の白いと然らざるとに論無く、友染の色と女の顔の色とに調和するに然までの困難は感ぜぬ。緋縮緬に至っては然にあらざることは前に述べた。

是を以て見るに、或る意味から之をいえば、純なる色を発揮せしむることは困難といい得る。さればこそ混濁された色が流行するようになって来た。かの海老茶袴は、最もよくこれ等の弱点を曝露して居るものといわねばならぬ。

また同じ鼈甲を差して見ても、差手によって照が出ない。其の人の品なり、顔なりが大に与って力あるのである。

すべての色の取り合わせなり、それから、櫛なり簪なり、ともに其の人の使いこなしによって、それぞれの特色を発揮するものである。

泉鏡花の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本