本文へ移動
TORENDIA

現代哲学講話

本文約265,400字 ・ 読了時間 約531分

あらすじ(AIが作成しました)

現代社会が抱える時事的な課題を、統一的な世界観に基づき、科学的な批判精神をもって解決しようとする試みを綴る。哲学を単なる観念の遊戯ではなく、現実と対峙する生活の態度や思考の手段として定義し、自然科学や社会科学、さらにはジャーナリズムといった諸現象を対象とした理論的分析を行う。本書は、硬直した専門領域の枠を超え、諸専門科学と哲学的理論の共同作業を通じて、時代の諸問題に対する客観的で実践的な理解と批判の指針を提示する哲学的評論である。

戸坂潤

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 371

序

私は今現代哲学に就いて、教師風の説明を与えることを目的としているのではない。無論おのずからそういう結果になった部分もあるし、又そうなることを避けねばならぬ理由もないのだが、併しいつも私にとって、もっと遙かに大事な問題は、吾々が実際に生活しているこの現在の社会に触れて発生する処の、時事的な或いは又原則的な問題なのであって、こうした時事的又は原則的な問題をば、時事的で且つ原則的な形で(そしてさし当り之が本当の「哲学的」という言葉の意味でなければならないと思うのだが)解決してみようという企てなのである。ここに集めて分類した論文の内容は決して自信のあるものではないが、併し今云ったその意図に於ては、決して曖昧ではないと思う。

現代の時事的又原則的な問題を哲学的に取りあげようというこの意図を、簡単に云って、哲学的評論又は科学的批判と呼んでもいいだろう。曾て文明批評とか文化の批判とか云われたものも、実はこういう形によって理論としての資格を有てるようになるのではないかと考える。尤も哲学は科学からどう異るかというようなスコラ的質問も出るかも知れないが、私がここで問題とする哲学というのは、文芸や科学又其の他の社会現象と並んで、何かの態度に立って批評される一対象物に過ぎないような云わば哲学プロパーを意味するのではなく、却ってそうした一切の現象を批判の対象とするような、生活の一種の態度そのもの、或いは少なくとも思想の態度そのものを意味するのである。つまりここで問題になる哲学は、統一的な推進力を持った世界観から始めて、普遍的で科学的な、即ち実際的な解決力を備えた方法までを、意味している。哲学プロパーは、こうした「哲学」による処の批判にとって、必要な参考資料ではあるが、他面その単なる一材料に他ならないとも云える。

戸坂潤の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本