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TORENDIA

夏遠き山

本文約3,700字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

那須温泉に滞在する筆者が、雨の多い高原で移ろいゆく季節の風景や、窓から眺める木端葺きの屋根と新緑の情景を綴る。また、足を延ばした塩原の観光地化された風景に対する違和感や、新聞社が主導する「新八景」投票運動の加熱ぶりに触れ、商業主義的な宣伝活動がもたらす精神的影響と世俗的な滑稽さを論じる。自然との対峙を通じ、この地で日々を過ごすことの愛着と、都会の喧騒から離れた場所で感じる静寂と不安を描き出す。

宮本百合子

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🎧 夏遠き山 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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今日も雨だ。雨樋がタンタンタラ・タラタラ鳴っている。ここ(那須温泉)では殆ど一日置き位に雨が降る。雨の日は広い宿屋じゅうがひっそりして、廊下に出ると、木端葺きの湯殿の屋根から白く湯気の立ち騰るのや崖下の渡廊下を溜塗りの重ね箱をかついだ束髪の菓子売りが、彼方の棟へ渡って行くのなどが見える。私の部屋は四階の隅だ。前の廊下を通る者はなく、こうやって座っていても、細い鉄の手摺り越しに遙か目の下に那須野が原まで垂れた一面の雨空と、前景の濃い楢の若葉、一本の小さい煙突、よその宿屋の手摺りにかかった手拭などが眺められる。濡れて一段と美しい楢の若葉を眺めつつ私はこの景色の中では木端屋根がなかなかよい、調和し落付いた風景の一部をなしているなどと思う。この辺は風も強い。三月頃まで家を揺って強風が吹きまくるので、瓦屋根には出来ない。それでどの家も細かく葺いた木端屋根なのが、粗く而も優しい新緑の下で却って似合うのだ。裏通りなど歩くと、その木端屋根の上に、大きなごろた石を載せた家々もある。木曾を汽車で通ると、木曾川の岸に低く侘しく住む人間の家々の屋根が、やっぱりこんな風だ。早春そこを通ったので雪解の河原、その河原に茂っている多分河楊だろう細かく春浅い枝をひろげた灌木、山又山とほんのり芽ぐみつつまだ冬枯れの密林が連った光景、そこへそのような屋根を点々と、如何にも山村浅春の趣が深かった。葉をふるい落した樹木の線の実に卓抜した美を感じたのもここを通った時の獲物だ。

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