東京へ近づく一時間
本文約2,900字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
冬の閑散とした汽車の中で、満州へ渡ることを検討する子連れの男と、満鉄の傭員として働く若い男が対話する。暮らしへの不安を抱える父親は、満州での待遇や物価について詳細を問い、対する青年は冷めた調子で実情を語る。やがて汽車は工場の立ち並ぶ大都会の入口へ差し掛かり、窓の外に都会の光景が広がる中、それぞれの抱える事情や思いを乗せて、列車は東京の喧騒へと揉み入れられていく様子を描く。
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近くには黄色く根っ株の枯れた田圃と桑畑、遠くにはあっちこっちに木立と森。走りながら単調な窓外の景色は、時々近く曇天の下に吹きつけられて来る白い煙の千切れに遮られる。
スチームのとおっている汽車の中はどっちかというと閑散で、くくられた桑の細い枯枝に一瞬煙が白く絡んで飛び去る速い眺めは冬のひろい寒さを感じさせた。ひどく古風な短いインバネスをはおり、茶色の帽子をかぶった百姓らしい頬骨の四十男が居睡りをしている。すっかり隣りの坐席の男に肩をもたせこむような恰好をして睡り込んでいる。真白い毛糸の首巻から、陽やけのした、今は上気せている顔が強い対照をなしている。奥の方の男は、眠っているうちに段々そうなったという風で、窮屈そうにやはりインバネスの大きい肩をねじって窓枠に顔をおっつけて睡ているのである。
むこう向きに赤い手柄の丸髷が揺れている。連れの、香油をつけて分けた頭が見える。
睡っている連中が多い。それだもんで、喋っている一組の男の声だけがさっきから、車輪の響きや短い橋梁をわたるゴッという音の合間に私のところまで聞えて来るのである。
「去年も五六人知ってる人が行ったですがね。去年行った衆はたいがいもう三十越したったが……、私もこんど募集があったら行こうかと思っているが、どうも――子持ちだからねえ」
ネクタイをずらしたようにかけて、脱いだゴム長は坐席の下にたぐめたまま、此方を向いて紺足袋の片膝抱え、おとなしい口調で云っている。話対手の顔は見えず、学生帽のような形をしたカーキ色の帽子や同じ色の外套の裾などが見えるばかりだ。一寸見ると青年団員か何かかと思われるカーキ色ずくめのその若い男は、汽車が古河という小さい駅に停った時、どうしたわけかグズグズに繩のゆるんだ白布張りの行李を自分でかついで乗り込んで来た。そして、場席はほかのところにいくらも空いているのに、子供連れの男と向い合って腰をおろしたのである。
「満鉄も建設の方だといくらもありますが、……傭員ですからね」
「本社員になれないんですか?」
「建設の方はまた別で」