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TORENDIA

寒の梅

本文約3,800字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

盲腸の手術を受け入院中の筆者が、病院での日々の情景や術後の身体的感覚、周囲の人間との交流を綴る随筆。木村医師による丁寧な診療の様子や、退院後の自宅での生活の細部が克明に描かれる。また、鴎外の書簡を読み解き当時の夫婦関係に思いを馳せるほか、キュリー夫人伝を通じ、科学と人間の在り方や、社会における女性の生きる姿についても論じる。病床から日常生活へと戻る過程で、著者が抱いた繊細な心境の変化と思索を収める。

宮本百合子

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🎧 寒の梅 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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一月○日

朝飯をたべて、暫く休んで、入浴してかえって横になっていると、傷の写真をとりますから腹帯はあとになすって下さいということだ。やがて、白い上っぱりを着た写真師が助手をつれて入って来て、ベッドに仰むきに臥ている自分の右側のおなかの傷に向って高いところからアングルをとって写してゆく。もういいのかと思ったら富田さんがいそいで来て、木村先生が御自分でいらっしゃってからおとりになるんだそうですからと云うことだ。若い写真師は廊下で待ちどおしそうにしている。木村先生がひとりで来られ、写真師もまた入って来た。木村先生は粉はないか、何でもいいととりよせた白いこなを傷のところにかけ、この辺からこうずーっと入るようにと指図して、傷に添って小さい物尺をおなかの上に置いた。ホウ、一センチ七ばかりですね。二センチもないじゃないか。御満悦の態である。私も勿論大変うれしい。切ったとき傷は六センチぐらいあったのが、そんなに小さくちぢんだ。癒せるものなら人間の体へは出来るだけ小さく傷をつけるというのが、木村先生のモットウである由。元日に外科では手術室をすっかり片づけて恒例福引をし、今年は木村先生の盲腸の手術、指も入らない、で子供の指環をとった看護婦があったそうだ。

おなかの丸みで、細い医療用の物尺がうまくおさまっていない。木村先生はベッドの裾の方から廻って窮屈な形に肱をつき、自分で物尺を持ってあてがいながら、ずーっとこの辺入るかね? と些か堅くなっている写真師の手元を熱心に見上げて居られる。自分の仕事にすっかりうちはまって集注的に単純になっている先生の様子はなかなか興味があった。そして共感をそそる味いに溢れている。

○ 午後、建物の内廊下を歩き初め。傷のところをぎゅっと抑えて歩く。それでも胃の方を引っぱるようで気分がわるい。いい加減で中止。

○ バラさん風呂。一人で椅子にかけ、窓の高いところから青い冬空と風にゆられている樹の梢を眺めている。廊下では例によってフランスのお爺さんと毛糸屋さんとが特徴のある年よりらしい甲高声で、何とか何とかネスパ? ああウイウイと話しながら往ったり来たりしている。

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