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TORENDIA

大菩薩峠

本文約99,700字 ・ 読了時間 約200分

あらすじ(AIが作成しました)

米友は、弥勒寺の長屋で同居する盲目の剣客・竜之助が不在の夜、初めて夢を見て激しく取り乱す。そこへ素性不明の女が訪ねてくる。一方、竜之助は父から教わった尺八で虚無を紛らわせるが、夜半に夢が破れるたび過去の幻影に苦しむ。本作は、因果の渦に翻弄される竜之助と、彼の周囲に現れる人々の生き様を通じて、避けがたい運命に追い詰められていく人間模様を描く時代小説である。

中里介山

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一

その晩のこと、宇治山田の米友が夢を見ました。

米友が夢を見るということは、極めて珍らしいことであります。米友は聖人とは言いにくいけれども、未だ曾て夢らしい夢を見たことのない男です。彼は何かに激して憤ることは憤るけれども、それを夢にまで持ち越す執念のない男でした。また物に感ずることもないとは言わないけれども、それを夢にまで持ち込んであこがれるほどの優しみのある男ではありません。しかるにその米友が、珍らしくも夢を見ました。

「あ、夢だ、夢だ、夢を見ちまった」

米友は身体へ火がついたほどに驚いて、蒲団からはね起きました。実際われわれは、夢を見つけているからそんなに驚かないけれども、物心を覚えて、はじめて夢を見た人にとっては、夢というものがどのくらい不思議なものだか想像も及ばないことです。

米友とても、この歳になって、初めて夢を見たわけでもあるまいが、この時の狼狽て方は、まさに初めて夢というものを見た人のようでありました。

そうしてはね起きて、手さぐりで燧を取って行燈をつけ、例の枕屏風の中をのぞいて見ると、そこに人がおりません。

「ちぇッ、よくよくだなあ、まさかと思った今夜もまた出し抜かれちまった」

米友はワッと泣き出しました。米友が夢を見ることも極めて珍らしいが、泣き出すことはなおさら珍らしいことであります。米友は憤るけれども、泣かない男です。けれどもこの時は、手放しで声を立てて泣きました。

昼のうちに、あれほど打解けて話しておったその人が、まさか今晩は無事に寝ているだろうと思ったのに、もう出かけてしまった。昨夜の疲れと、その安心とで、ぐっすりと寝込んでしまったおれは、なんという不覚だろう。それに、今まで滅多には見たこともない夢なんぞを、なんだって、こんな時に夢なんぞが出て来たんだろう。あんな夢を見ている間に出し抜かれてしまったのだ。

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