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TORENDIA

計画

本文約13,900字 ・ 読了時間 約28分

あらすじ(AIが作成しました)

思想的背景から社会的に孤立し窮乏する亨一と、彼と共に暮らす女のすず子は、互いの生き方を巡り葛藤する。かつての妻への送金という亨一の義務に対し、すず子は不条理さと自身の立場への不安から激情し、ついには自ら労役の道を選ぶことを決意する。離別を決意したすず子の冷静な姿に亨一は翻弄され、二人の関係は決定的な別離へと向かっていく。極限状態にある男女の心理と、閉塞した状況下での苦悩を描く。

平出修

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「昨日大川君から来たうちから、例の者を送つてやつて下さい。」亨一は何の気なしに女に云つた。畳に頬杖して、謄写版の小冊子に読み入つて居たすず子は、顔をあげて男の方を見た。云ひかけられた詞の意味がすぐに了解しにくかつた。

「静岡へですよ。」男は重ねて云つた。女はこの二度目の詞の出ないうちに、男が何を云ふのであるかを会得して居た。「さうですか。」と云はうとしたが、男の詞の方が幾十秒時間か早かつたので、恰も自分の云はうとした上を、男が押しかぶせて来たやうな心持に聞取れた。それ丈け男の詞がいかつく女の耳に響いた。不愉快さが一時に心頭に上つて来た。

「ああ、それは私の為事の一つでしたわねえ。貴方に吩付けられた。」女は居住まひを直して男の真向になつた。

「そして残酷な……。」と云ひ足して女は微に笑つた。頬のあたりにいくらか血の気が上つて、笑つたあとの眼の中には暗い影が漂つて居る。

「どうしたと云ふのです。」亨一は著述の筆を措いて女の詞を遮つた。

「静岡へ送金することは、私の為事の一つでしたわねえ。貴方の先の奥様の小夜子さんへ手当を差上げるのが。」

「それが残酷な為事だと云ふんですか。」

「さうぢやないでせうか。」

「これは意外だ。私は貴方に強制はしなかつたでせう。」

「ええ。けれど結果は一つですもの。」

亨一は女の感情が段々昂つて来るのを見た。云へば云ふ程激昂の度が加はるであらうと思つたから、何も云はずに女の様子をただ見つめて居た。もう女は泣いて居るのであつた。

亨一と小夜子との間は二年前にきれてしまつたのである。趣味、感情、理想、それから亨一の主義と小夜子とは全くかけはなれたものであつた。殊に外囲からの干渉は、二人が育てた九年間の愛情をも虐殺してしまつた。小夜子は別れて静岡の姉の家に身をよせたが、亨一は之に対して生活費を為送る義務を負つて居た。毎月為替にして郵送するのがすず子の為事の一つであつた。亨一が一切の家政をすず子に任せたとき、すず子はこの為事を快く引きうけた。それから一年に近い間、この小さい為事は滑に為遂げられて来たのだが、今日はすず子に堪へられない悪感を与へるのであつた。

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