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TORENDIA

芸術その他

本文約3,700字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

芸術家が創作において目指すべき完成のあり方、内容と形式の分かち難い関係、そして技巧の重要性を論じる。作品の完成こそが芸術的感激をもたらすとし、安易な自己満足や自動的な執筆を退歩と戒める。また、技巧を軽視する姿勢を批判し、複雑な試行錯誤の果てに到達する真の単純さの尊さを説く。芸術活動とは意識的な営みであると主張し、自己の創作への反省を込めつつ、芸術の本質を探究する姿勢を綴る。

芥川龍之介

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🎧 芸術その他 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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芸術家は何よりも作品の完成を期せねばならぬ。さもなければ、芸術に奉仕する事が無意味になつてしまふだらう。たとひ人道的感激にしても、それだけを求めるなら、単に説教を聞く事からも得られる筈だ。芸術に奉仕する以上、僕等の作品の与へるものは、何よりもまづ芸術的感激でなければならぬ。それには唯僕等が作品の完成を期するより外に途はないのだ。

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芸術の為の芸術は、一歩を転ずれば芸術遊戯説に堕ちる。

人生の為の芸術は、一歩を転ずれば芸術功利説に堕ちる。

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完成とは読んでそつのない作品を拵へる事ではない。分化発達した芸術上の理想のそれぞれを完全に実現させる事だ。それがいつも出来なければ、その芸術家は恥ぢなければならぬ。従つて又偉大なる芸術家とは、この完成の領域が最も大規模な芸術家なのだ。一例を挙げればゲエテの如き。

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勿論人間は自然の与へた能力上の制限を越える事は出来ぬ。さうかと云つて怠けてゐれば、その制限の所在さへ知らずにしまふ。だから皆ゲエテになる気で、精進する事が必要なのだ。そんな事をきまり悪がつてゐては、何年たつてもゲエテの家の馭者にだつてなれはせぬ。尤もこれからゲエテになりますと吹聴して歩く必要はないが。

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僕等が芸術的完成の途へ向はうとする時、何か僕等の精進を妨げるものがある。偸安の念か。いや、そんなものではない。それはもつと不思議な性質のものだ。丁度山へ登る人が高く登るのに従つて、妙に雲の下にある麓が懐しくなるやうなものだ。かう云つて通じなければ――その人は遂に僕にとつて、縁無き衆生だと云ふ外はない。

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樹の枝にゐる一匹の毛虫は、気温、天候、鳥類等の敵の為に、絶えず生命の危険に迫られてゐる。芸術家もその生命を保つて行く為に、この毛虫の通りの危険を凌がなければならぬ。就中恐る可きものは停滞だ。いや、芸術の境に停滞と云ふ事はない。進歩しなければ必退歩するのだ。芸術家が退歩する時、常に一種の自動作用が始まる。と云ふ意味は、同じやうな作品ばかり書く事だ。自動作用が始まつたら、それは芸術家としての死に瀕したものと思はなければならぬ。僕自身「龍」を書いた時は、明にこの種の死に瀕してゐた。

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