一
S君の家に着いた時には、もう夜がすっかり更けていた。
途中で寄り道をして、そこですっかり話し込んでしまったので、一里余りの道は闇の中をたどって来た。闇の中にひろびろと開けた、雪の平を通って来た。闇と言ってもぽっとどこか白々として、その広い平がかすかに見透かされる。そして寒い風が正面から吹きつける中を歩いて来たのだ。
歩いて来た道は、川に沿っていた。雪の中に黒く見える流れだった。水の音がただ絶えず気疎く耳についた。雪の中をオヴァシューズでS君の家の裏口の方から庭にまわった時にゴム底が凍った凸凹になっている雪の上を歩くたびに、ギュッ、ギユッと音をしてすべる。そして疲れた足には、それが言いようもなく重く思われた。
で、雪のあるうち、近道だと言って、畑の中を直線にふみ付けた、道から、家の裏口に出た。家に着いたと言われた時には、ほっとした。自分は雪明りで、時計を見ようとしたが見えなかった。S君が傍からマッチをすってくれたので、もう十一時四十幾分になっているのを知った。
「もう遅いから、寝ているだろう。はいって起こさねばなるまい。」とS君は言う。
「着く早々、君の家を騒がすわけだね。」
「ナーニ」
と言って、二人はそのまま裏口から庭にまわった。すると、戸の端が少し開いていて、そこから火が漏れて見える。S君は丈の高いからだを先に立てて、穿いた草履のままで、縁に上って行った。自分もつづいて上った。
その戸を開けると、そこは広い座敷で、隈に炬燵がある。中にはいって、二人は襟巻をはずしたり外套を脱いだり[#「脱いだり」は底本では「脱いたり」]した。寒い寒いと思って歩いて来たが、からだは汗でぬらぬらしている。
そこへ、
「帰ったか?」と聞き馴れない言葉で言って、次の室から人が出て来た。五十を越した老女で、頭を布で巻いている。
S君が途中で遅くなったことを二言三言言う。と、私と対い合った。で、自分はこの人がS君のマザーだと思ったので、
「はじめまして、しばらくのうちいろいろ御厄介になります。」と、自分は窮屈なズボンの膝を折って、そこへ手をついた。汗でからだがニチャ、ニチャするのが気になる。