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TORENDIA

月見草

本文約1,200字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

深い渓流沿いの道を走る馬車の中で、旅人は見慣れぬ草の枯れた姿を目にする。雪降る東北の田舎で、同乗の老人はそれが月見草であると教える。かつて早池峯山の麓で蜜蜂のために播かれた種が、明治二十三年の洪水により流され、この地で繁殖したという由来を語る。旅人は、過酷な自然の中で独自の運命を辿り、今もなおこの地で枯れ姿を残す草の生命力に思いを馳せる。

水野葉舟

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🎧 月見草 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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馬車が深い渓流に沿った懸崖の上を走っていた。はるかの底の方に水の音がする。崖の地肌には雪に、灰色の曇った空がうつって、どことなく薄黒い。疎林がその崖に死んだように立っている。

その中に、馬車の轍の跡だけが、泥に染んでいる。私はいま、東北の或る田舎を旅をしているのだが、この地方では、三月の半ば過ぎていると言うのに、まだ空は雪催いだ。

私は馬車の窓に倚りかかって、この目馴れない景色を見いっていた。道には人気も無かった。

馬車の中でも、もう皆くたびれていると見えて、誰も口を噤んでいた。ただ馬車が、危い道を揺り上げ、揺り上げ駆けていた。

私は目も疲れた。――からだは今朝から長いあいだ、窮屈な態をしているので、方々が痛い。――その疲れた目を、力なく後に残り続いて行く道の上に落とした。見るとなしに道が目にはいっていた。

すると、その道の両側に、ごまの実そっくりな形をした、実がはじけてついている草の枯れたのが、つづいて立っているのを見た。「やまごま」、そんな名の草のあることを聞いたように覚えている、この珍らしい雪国に来たのだ。或いはその草かもしれぬと、私は故もなく思った。

崖の道は山にはいった。水の流れも聞こえなくなった。そしてとうとう雪が降り出した。

それから二時間ばかりして、もう日が暮れかかった。馬車の中はいよいよ無聊だ。中の人のあいだで又思い出したようにそろそろ話がはじまった。

その中に私もはいった。やがて、向い合って坐っていた老人に、「今来た道に、ごまのような草がありましたが、何でしょう。山ごまと言うのではありませんかね。」

「山ごま? そんなものは知りませんが、何だろな、ごまのような、草って……」

「種がたくさんついたまま、枯れていたのです。」

「あ、あれは月見草。」

「月見草、そうですか。」

私はそれでこの、無聊なうちに、せっかく踊って来た好奇心も、何もすっかり消えてしまった。また、手のやり場もない、無聊を感じながら馬車の垂幕をおろしてしまった。

しばらくすると、老人がこういった。

「あの草はつい明治二十三年の洪水までここらになかったのです。」

「………」

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