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TORENDIA

香油

本文約5,700字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

遠野町を訪れた主人公は、消息不明の従兄を待ちながら宿屋に滞在する。しかし、執拗に干渉し私物を勝手に扱う宿の男の無作法な振る舞いに、主人公は不快感を募らせる。やがて友人との合流と出発を控え、従兄との再会を経て町を離れる準備を進める中で、男の厚かましい態度が繰り返される。本作は、見知らぬ土地で出会った得体の知れない男との奇妙な緊張関係を通じ、旅先での疎外感と苛立ちを内面描写と共に鮮明に描く。

水野葉舟

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🎧 香油 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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一

その日は十二三里の道を、一日乗り合い馬車に揺られながらとおした。やっとの思いで、その遠野町に着いたころは、もうすっかり夜が更けていた。しかも、雪が降りしきっていて、寒さが骨に沁む。――

三月に入ってからだったが、北の方の国ではまだ冬だ。

やっとその町に入ったころは、町はおおかた寝静まっていた。……暗い狭い町の通りが、道も家も凍りついたようにしんとして、燈一つ見えない。その中を二台の馬車が急遽しい音を立てて通って行った。自分はすっかり疲れて、寒い寒いと思いながら、ついうっとりとしていると、真暗だった目の前が俄かにぼっと、明るくなった。と思って目を開けると馬車が停っていた。

着いたな、と思って、馬車の外側に垂れている幕を上げて見ると、間口にずっとガラス戸の篏っている宿屋の前に停っていた。

自分は今度、少しばかりの用事ができて、東北地方の旅行を企てたが、その途中その陸中T町に従兄が中学の教師をしていたのに三四年振りで逢うため、わざわざこんな山中にやって来たのである。

もっとも、あとで東京を出発してここにちょっとよる筈の友人を待ち合わせて、一緒に、S峠を越してK港に出ようと言う予定でいる。

二

その夜は、昼間の疲れと、寒いのに広いガラッとした室に入れられたのとで、風呂に入り、食事をすますと、もう一分もじっとこの室の中に坐って、今日の道のことなどを考える気にもなれなくってすぐ床を敷かせて眠ってしまった。

次の朝、目を覚ますと、床の中から私は手をたたいて人を呼んだ。下で太い打ち切ったような返事をした。はいって来たのは下女で、十能に火を山のように盛ったのを持っている。

自分はからだを起こして、

「お前、この町の中学の先生をしている、吉井っていう人を知ってるか?」と聞くと、下女、

「へ?」と自分の顔を見たが、

「存じません。」と言った。

「じゃ、誰か分る人を呼んでくれ。」と言って自分は起き上った。宿で借りた衣服を着て、手提げの中から、歯を磨く道具を出して、下に顔を洗いに行った。

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