大菩薩峠
本文約168,200字 ・ 読了時間 約337分
あらすじ(AIが作成しました)
信濃の白骨温泉で冬を越すため、お雪や池田良斎ら多様な人々が宿に集う。外の寒さとは対照的に、炉辺や湯槽で交流を深める宿屋での賑わいを描く。一方、江戸では西郷吉之助を中心とした騒動が噂され、甲斐の国では恵林寺の慢心和尚が巨大な卒塔婆を担いで歩き、その驚異的な力量で周囲の衆人を圧倒する。各地で混迷の兆しが見える中、人々の日常と伝説的な力を持つ者の行動が交錯していく群像劇である。
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一
信濃の国、白骨の温泉――これをハッコツと読ませたのは、いつの頃、誰にはじまったものか知らん。
先年、大菩薩峠の著者が、白骨温泉に遊んだ時、机竜之助のような業縁もなく、お雪ちゃんのようにかしずいてくれる人もない御当人は、独去独来の道を一本の金剛杖に託して、飄然として一夜を白槽の湯に明かし、その翌日は乗鞍を越えて飛騨へ出ようとして、草鞋のひもを結びながら宿の亭主に問うて言うことには、
「いったい、この白骨の温泉は、シラホネがいいのか、シラフネが正しいのか」
亭主がこれに答えて言うことには、
「シラフネが本当なんですよ、シラフネがなまってシラホネになりました……シラホネならまだいいが、近頃はハッコツという人が多くなっていけません――お客様によってはかつぎますからね」
シラホネをハッコツと呼びならわしたのは、大菩薩峠の著者あたりも、その一半の責めを負うべきものかも知れない。よって内心に多少の恐縮の思いを抱いて、この宿を出たのであったが、シラホネにしても、ハッコツにしても、かつぐどうりは同じようなものではないか。こんなことから、殺生小屋を衛生小屋と改めてみたり、悲峠をおめでた峠とかえてみたりするようなことになってはたまらない。
そんなことまで心配してみたが、きょうこのごろ、風のたよりに聞くと、白骨の温泉では、どうか大菩薩峠の著者にもぜひ来て泊ってもらいたい、ここには四軒、宿屋があるから、一軒に一晩ずつ泊っても四晩泊れる――と、何かしらの好意を伝えてくれとか、くれるなとか、ことわりがあったそうである。してみれば、ハッコツの呼び名が宣伝になって、宿屋商売の上にいくらかの利き目が眼前に現われたものとも思われる。しかし、宣伝と、提灯が、どう間違っても、白骨の温泉が別府となり、熱海となる気づかいはあるまい。まして日本アルプスの名もまだ生れてはいないし、主脈の高山峻嶺とても、伝説に似た二三の高僧連の遊錫のあとを記録にとどめているに過ぎないし、物を温むる湯場も、空が冷えれば、人は逃げるように里に下る時とところなのですから、ある夜のすさびに、北原賢次が筆を取って、
白狼河北音書絶(白狼河北、音書絶えたり)