TRENDIA CLASSIC

夜の浪

水野仙子

1 / 5

どちらから誘ひ合ふともなく、二人は夕方の散歩にと二階を下りた。婢が並べた草履の目に喰ひ入つてゐた砂が、聰くなつてゐる拇指の裏にしめりを帶びて感じられた。

『いつてらつしやいまし。』と、板の間に手をつく聲が、しばらく後を見送つてゐることゝ、肩のあたりにこそばゆい思をしながら、あの女にも嫉妬を持つと民子は自分の胸のうちを考へた。綺麗な女ではない、けれどもそのおとなしさと、少くも自分がここに來るまでの幾日間を心にかけて朝晩の世話をしたといふことに――それは都で受け取つた手紙の中に書き插まれてあつた――嫉妬らしい思が湧くのである。明日は馬鹿らしいこの思に、愚しい懸念の輪を一つ一つかけながら、ここを離れて行かなければならない……と思ふと、うなだれ氣味に一足二足おくれて行く民子の前に、白絣の胴を締めた白縮緬の帶の先が搖れつゝあつた。

先の草履の音の行くまゝに民子は從つた。草の根に縋つて僅な崖を攀ぢる時、默つて握つたまゝ渡されるまゝに、默つてその手のぬくみの殘つた草の根を握つた。さうして小高い丘に立つた時、ふと振りかへつたとほりに民子もまた振りかへつた。遙に低く見える宿の二階の二人の部屋に、窓のカアテンが白く二人の目を捕へた。その小窓に倚りかゝつて、二人が見合せたあの時の目の微笑を思つた時、民子の胸は再びそのあぢはひを經驗した。

岬の中腹を低く高く導いて行く小道に、一つ二つ河原撫子のいたいけなのが叢の中に咲いてゐた。いつもならば大裟袈な表情の聲をあげて、危かしいところならば摘んでも貰ふものを、民子はたゞ認めるだけの目を注いで過ぎた。

水野仙子の他の作品