町の踊り場
本文約8,900字 ・ 読了時間 約18分
あらすじ(AIが作成しました)
姉の危篤の報を受け、久しぶりに故郷へ戻った主人公は、姉の死と葬儀に立ち会う。親族が集う中で感じた故郷の生活環境への違和感や、かつての記憶が去来する中、葬儀を終えた後に足を向けた町のアトリエで社交ダンスを踊る。この場所で予期せぬ再会を果たし、様々な人間模様に触れながら、故郷という場所での複雑な感情を抱きつつ、夜の町での筋肉運動を通じて憂鬱な気分を払拭し、眠りにつくまでの心情を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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夏のことなので、何か涼しい着物を用意すればよかつたのだが、私は紋附が嫌ひなので、葬礼などには大抵洋服で出かけることにしてゐた。紋附は何か槍だの弓だの、それから封建時代の祖先を思はせる。それに、和服は何かべらべらしてゐて、体にしつくり来ないし、気持までがルウズになるうへに、ひどく手数のかゝる服装でもある。
それなら洋服が整つてゐるかといふと、さうも行かなかつた。古い型のモオニングの上衣は兎に角、ズボンがひどく窮屈であつた。そこで私はカシミヤの上衣に、春頃新調の冬ズボンをはいて、モオニングの上衣だけを、着換への和服と一緒に古いスウトケースに詰めた。私は田舎の姉が危篤だといふ電報を受取つて、息のあるうちに言葉を交したいと思つたのである。さういふことでもなければ、帰る機縁の殆んどなくなつた私の故郷であつた。
駅へついてみて、私は長野か小諸か、どこかあの辺を通過してゐる夜中に、姉は彼女の七十年の生涯に終りを告げたことを知つた。多分私はその頃――それは上野駅で彼女と子供に見送られた時から目についてゐたのだが、或る雑種じみた脊の高い紳士と、今一人は肉のぼちや/\した、脊の低い、これも後向きで顔を見なかつたから日本人か何うかも分明でない、しかし少くとも白人ではなかつた紳士と、絶えず滑らかな英語で、間断なく饒舌りつゞけてゐたのだが、軽井沢でおりてから、四辺の遽かに静かになつた客車のなかで、姉のまだ若い時分――私がその肌に負さつてゐた頃から、町で評判であつた美しい花嫁時代、それからだん/\生活に直面して来て、長いあひだ彼此三十年ものあひだ、……遠い国の礦山に用度掛りとして働いてゐた夫の留守をして、さゝやかな葉茶屋の店を支へながら、幾人もの子供達を育てて来て、その夫との最近の十年ばかりの同棲生活が、去年夫との死別によつて、終りを告げる迄の、人間苦の生活を、風にけし飛んだ雲のやうに思ひ浮べてゐた。最近一つの絆となつてしまつた彼女の将来を何うしようかといふことが、その間も気にかゝつてゐたには違ひなかつた。