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TORENDIA

親子一体の教育法

本文約1,900字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

明治時代を生きた両親の日常の生活感情が、子供たちの成長にどのような影響を及ぼしたかを綴る。型にはまった家庭教育という枠を取り払い、親も子も一つの屋根の下でむき出しの人間として生活を共にした体験を描く。家庭内の喧嘩や議論、ピアノの購入や衣服の仕立て直しといった具体的な記憶を通じて、抽象的な教育ではなく、親自身の生きる日々が家全体の空気として子供に作用していく過程を考察する。

宮本百合子

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🎧 親子一体の教育法 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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若々しい時代の影響

私たちの育った時代の父と母との生活ぶりを考えると、若い生活力の旺な自分たちの生活への態度そのものの中に幼い子供たちをひっくるめて前進して行ったという感じがする。

もし家庭教育ということを云えば、そういう積極活溌な日常の生活感情が、おのずから親として子供らに対するあらゆる場合の裡に溢れていて、子供の人生への歩みぶりにいつとはなし影響して来ていたと思われる。

ごく活々としていた家の空気は大人にとっても子供にとっても成長力の漲ったものであったが、それは人間の成熟のために計劃され、整理されたものではなくて自然に、云って見れば父や母の年齢、気質、時代の雰囲気との関係でかもし出されていたものだったから、両親が年をとるにつれて、若々しく克己的で精励だった気分は変化した。そして、大きくなった子供としてはそこに悲しさや苦しさを感じるようなものも生じた。

或る程度までは誰についても云われることだろうが、うちの父や母は自分たちの時代のいろいろな歴史の性格というものを自分では其と知らず、しかも全幅的に生きた人たちであった。

今考えて見て、一つの大きい仕合わせだったと思うことは、父も母も、型にはまった家庭教育という枠を、自分たちと子供らとの間からとりはずして大人も子供も一つ屋根の下ではむき出しに生活して行ったことだと思う。明治と共に生きた親たちは、一種の人本主義で、盆栽のような人間の拵えかたには興味を感じないたちであった。人間は人間らしく誰にも十分に生きるべきだし、そういう風に生きてよいものなのだという感情は、家庭の空気の様々な変化を貫いて流れていたと思う。

親たちは、時によれば子供たちのいるところで喧嘩もしたし、やがては親と子との間に議論もされてゆくという風であった。綺麗ごとで送られる毎日ではなかった。

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