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TORENDIA

後庭

本文約1,500字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

久しぶりに庭へ出た「私」は、季節の移ろいとともに変化した草木の様子を観察する。青桐の衰えや手入れが行き届かず雑草に覆われた花園の荒れ方に複雑な思いを抱きつつ、そこに遊ぶ弟たちの無邪気な姿や、鶏舎に見立てた空間に貼られた幼い書き込みを目にする。庭という日常的な空間を通して、季節の変化とそこに重なる子供たちの健気で活発な様子を丹念に綴る。

宮本百合子

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🎧 後庭 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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いつもの様に私は本を持って庭に出た。

書斎の前の木の茂みの深い間々を、静かに読みながら行き来すると、ピッタリと落つきを持って生えた苔の美くしい地面の何とも云えず好い一種の香いが、モタモタした気持をスッキリ澄せて行く。

二三度左手を帯にはさんで行ったり来たりすると、何となし急に周囲の景色に気をとられた。

この二三日何かして一度も庭に出ずに居た間に大変、変化をした様に思われる。

勿論、天気が妙に曇って居る故も有るだろうが、木の緑りが堅い様な調子を帯びて、くっきりと暗い陰を作って居る葉かげ等には、どうしても手を突き込めない様な底気味悪い冷やかさがただよって居る。

庭の真中に突立って自信のあるらしい様子をして居る青桐がめっきり見すぼらしくなり下って、あの古ぼけたレースをぶら下げた様な葉の姿を見るといやだと外思い様がない。

白髪頭を振りたてて日かげのうす暗く水臭い流し元で食物をこね返して居る貧乏な婆の様だ。

秋の声を聞くと何よりも先に、バサリと散る思い切りの好い態度を続けて行かないのかいやになる。

ドロンとした空に恥をさらして居る気の利かない桐を見た目をうつすと、向うと裏門の垣際に作られた花園の中の紅い花が、びっくりするほど華に見える。

鶏が入らない様にあらい金網で仕切られた五坪ほどの中に六つ七つの小分けがつけてある。

此処も夏の中頃までは手入も行き届いて居たし、中のものも、今ほどめっぽう大きくなって居なかったので、青々と調って気持がよかったが、もう近頃は何とも彼んとも云われないほどゴチャゴチャになって居る。

背がのびる草だからと云って後の方に植えて置いたコスモスがいつだったかの大風でのめったまんまになって居るので、ダリヤだの筑波根草だのと云うあんまり大きくないものは皆その下に抱え込まれてしまって居る。

八つになる弟が強請んで種を下してもらった□□はやって置いた篠竹では足りなかったものと見えて、後の槇の梢まで這い上って、細い葉の間々に肉のうすい、なよなよした花が見えて居る。

槇と云う名からして中年の寛容な父親を思わせる様なのに、くるくるとまといつかれても一向頓着しずに超然として居る様子が如何にもいい。

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