一
ある時天子さまがたいそう重い不思議な病におかかりになりました。なんでも夜中すぎになると、天子さまのおやすみになる紫宸殿のお屋根の上になんとも知れない気味の悪い声で鳴くものがあります。その声をお聞きになると、天子さまはおひきつけになって、もうそれからは一晩じゅうひどいお熱が出て、おやすみになることができなくなりました。そういうことが三日四日とつづくうち、天子さまのお体は目に見えて弱って、御食事[#「御食事」は底本では「後食事」]《おしょくじ》もろくろくに召し上がれないし、癇ばかり高ぶって、見るもお気の毒な御容態になりました。
そこで毎晩御所を守る武士が大ぜい、天子さまのおやすみになる御殿の床下に寝ずの番をして、どうかしてこの妖しい鳴き声の正体を見届けようといたしました。
するうちそれは、なんでも毎晩おそくなると、東の方から一むらの真っ黒な雲が湧き出して来て、だんだん紫宸殿のお屋根の上におおいかかります。やがて大きなつめでひっかくような音がすると思うと、はじめ真っ黒な雲と思われていたものが急に恐ろしい化けものの形になって、大きなつめを恐れ多くも御所のお屋根の上でといでいるのだということがわかりました。
しかしこうして捨てて置けば天子さまのお病はいよいよ重くなって、どんな大事にならないとも限りません。これは一日も早くこの怪しいものを退治して、天子さまのお悩みを鎮めてあげなければならないというので、お公卿さまたちがみんな寄って相談をしました。
なにしろそれにはなに一つし損じのないように、武士の中でも一番弓矢の技のたしかな、心のおちついた人をえらばなければなりません。あれかこれかと考えてみますと、さしあたり源頼政の外に、この大役をしおおせるものがございません。そこで相談がきまって、頼政が呼びだされることになりました。