雪の島
本文約20,300字 ・ 読了時間 約41分
あらすじ(AIが作成しました)
壱岐の島を訪れた語り手は、船上で出会った一人の少年から島の静謐さと純良な気配を感じ取る。古来より流人たちが抱いた「もののあはれ」が、今も島人の生活に息づく様子を綴る。また、盲僧が語る荒神祓いや説経といった伝承や民俗芸能を考察し、島の歴史的背景や信仰の在り方を論じる。古風な生活様式が色濃く残る島における、人道の憂いと土地の固有の感性が、語り手の心象風景とともに描き出される。
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一
志賀の鼻を出離れても、内海とかはらぬ静かな凪ぎであつた。舳の向き加減で時たまさし替る光りを、蝙蝠傘に調節してよけながら、玄海の空にまつ直に昇る船の煙に、目を凝してゐた。艫のふなべり枕に寝てゐて、しぶき一雫うけぬ位である。時々、首を擡げて見やると、壱州らしい海神の頭飾の島が、段々寄生貝になり、鵜の鳥になりして、やつと其国らしい姿に整うて来た。あの波止場を、此発動機の姉さんの様な、巡航汽船が出てから、もう三時間も経つてゐる。大海の中にぽつんと産み棄てられた様な様子が「天一柱」と言ふ島の古名に、如何にもふさはしいといふ聯想と、幽かな感傷とを導いた。
土用過ぎの日の、傾き加減になつてから、波ばかりぎら/\光る、蘆辺浦に這入つた。目の醍めた瞬間、ほかにも荷役に寄つた蒸汽があるのかと思うた。それ程、がらにない太い汽笛を響して、前岸の瀬戸の浜へかけて、はしけの客を促して居る。博多から油照りの船路に、乗り倦ねた人々は、まだ郷野浦行きの自動車の間には合ふだらうかなどゝ案じながらも、やつぱりおりて行つた。
島にもかうした閑雅が見出されるかと、行かぬ先から壱岐びとに親しみと、豊かな期待を持たせられたのは、先の程まで、私の近くに小半日むっつりと波ばかり眺めて居た少年であつた。福岡大学病院の札のついた薬瓶を持つて居る様だから、多分、投げ出して居た、その繃帯した脚の手術を受けに行つて居たのであらう。膝きりの白飛白の筒袖に、ぱんつの様な物をつけて、腰を瓢箪くびりに皮帯で締めてゐた。十六七だらう。日にも焦けて居ない。頬は落ちて居るが、薄い感じの皮膚に、少年期の末を印象する億劫さうな瞳が、でも、真黒に瞬いてゐた。船室へ乗りあひの衆がおりて行つて後も、前後四時間かうして無言に青空ばかり仰いでゐる私の側に、海の面きり眺めてゐた。