本文へ移動
TORENDIA

松山鏡

本文約4,100字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

越後国の松の山に住む娘は、都へ旅立つ父の帰りを待ちわびる。父の帰還後、母は形見として鏡を娘に託し、亡くなる。娘は鏡の中に母の姿を求めて日々を過ごすが、後妻に入った母は、娘が秘密裏に鏡を見つめる様子を誤解し、不信感を抱く。娘のひたむきな心を巡る誤解が、鏡を通じて明らかになるまでを描く。

楠山正雄

速度
🎧 松山鏡 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 5

一

むかし越後国松の山家の片田舎に、おとうさんとおかあさんと娘と、おやこ三人住んでいるうちがありました。

ある時おとうさんは、よんどころない用事が出来て、京都へ上ることになりました。昔のことで、越後から都へ上るといえば、幾日も、幾日も旅を重ねて、いくつとなく山坂を越えて行かなければなりません。ですから立って行くおとうさんも、あとに残るおかあさんも心配でなりません。それで支度が出来て、これから立とうというとき、おとうさんはおかあさんに、

「しっかり留守を頼むよ。それから子供に気をつけてね。」

といいました。おかあさんも、

「大丈夫、しっかりお留守居をいたしますから、気をつけて、ぶじに早くお帰りなさいまし。」

といいました。

その中で娘はまだ子供でしたから、ついそこらへ出かけて、じきにおとうさんが帰って来るもののように思って、悲しそうな顔もしずに、

「おとうさん、おとなしくお留守番をしますから、おみやげを買ってきて下さいな。」

といいました。おとうさんは笑いながら、

「よしよし。その代わり、おとなしく、おかあさんのいうことを聴くのだよ。」

といいました。

おとうさんが立って行ってしまうと、うちの中は急に寂しくなりました。はじめの一日や二日は、娘もおかあさんのお仕事をしているそばでおとなしく遊んでおりましたが、三日四日となると、そろそろおとうさんがこいしくなりました。

「おとうさん、いつお帰りになるのでしょうね。」

「まだ、たんと寝なければお帰りにはなりませんよ。」

「おかあさん、京都ってそんなに遠い所なの。」

「ええ、ええ、もうこれから百里の余もあって、行くだけに十日あまりかかって、帰りにもやはりそれだけかかるのですからね。」

「まあ、ずいぶん待ちどおしいのね。おとうさん、どんなおみやげを買っていらっしゃるでしょう。」

「それはきっといいものですよ。楽しみにして待っておいでなさい。」

そんなことをいいいい、毎日暮らしているうちに、十日たち、二十日たち、もうかれこれ一月あまりの月日がたちました。

「もうたんと、ずいぶん飽きるほど寝たのに、まだおとうさんはお帰りにならないの。」

楠山正雄の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本